出口治明氏「メシ・風呂・寝る」から「人・本・旅」へ
ライフネット生命保険創業者 出口治明さんインタビュー(前編)
政府が掲げる働き方改革の中で、中核をなす「長時間労働の是正」と「生産性の向上」。言葉にするのは簡単だが、具体的にどうすればいいのか分からず、試行錯誤を繰り返す企業も少なくありません。労働生産性を上げるためには、何をすればいいのか。長時間労働を削減するためには、どうすればいいのか。ライフネット生命保険創業者の出口治明さんに、詳しくお話を伺いました。

貧しくなりたくなければ、生産性を上げるしかない
白河(以下、敬称略) まずは、日本の労働生産性についてお聞きしたいです。働き方改革実現会議では、合言葉のように『日本の労働生産性が低い』といわれ、22位というグラフが繰り返し出てきました。
出口 日本は高齢化率(総人口に占める65歳以上の割合)が約27%もあり、世界一高齢化が進んでいる国だと言えます。何もしなくても、介護、医療、年金などにかかる費用が毎年5000億円以上増える構造になっているのです。その分を取り戻さなければ、貧しくなるしかありません。

そのためにはどうすればいいか。国内総生産(GDP)を上げていくしかありません。「GDP=就労人口×生産性」ですから、人口を増やすか、生産性を上げるか、という二択になります。しかし、人口は急に増やせませんから、僕たちの選択肢としては、生産性を上げるしかない。
ところが、日本の労働生産性は、OECD加盟35カ国のうち22位(2015年)。G7では、24年連続最下位です。しかし、これは逆に、改善の余地が山ほどあるともいえるのです。
続いて、なぜ日本は生産性が低いのかということを考えてみましょう。
例えば、出版社にAとBという二人の編集者がいたとします。Aは、朝8時に出勤し、夜10時まで働きます。昼食も、自分の席でサンドイッチをかじり、仕事に励んでいます。しかし、頭が固くて、いい本を生み出すことができません。
一方、Bは、朝10時くらいに出社し、すぐにスタバで誰かと話をしています。そのままお昼を食べて会社に帰ってきません。夜は、6時になったら飲みに行って、会社に戻りません。しかし、たくさんの人に会ってアイデアをもらっているので、ベストセラー本を年に3回くらい出します。
白河さんがこの出版社の社長だったら、どちらを評価して給与を上げますか?
白河 ベストセラーを出して、実際に利益を出しているBさんです。
出口 そうです。では、これがカラーテレビを作る工場だったらどうでしょうか。Aが担当するベルトコンベヤーは、朝8時から夜10時まで、ほぼ休むことなく動き続けてテレビを製造します。一方、Bのベルトコンベヤーはそれほど稼働しません。
つまり、製造業のような「工場モデル」と、発想力を競う「サービス産業モデル」とでは、働き方が違うのです。
労働時間は2時間×3、4コマが限界
出口 工場モデルの時代は、長時間労働で利益を伸ばすことができましたが、現在のサービス産業モデルでは無理です。理由は、医学的に見て、頭を使う仕事は長時間労働ができないからです。
脳は、体重の約2%しかないのに、エネルギーは20%以上使っており、まさに超高性能のエンジンです。だから、世界中の脳科学者の共通見解として、人間の集中力は2時間程度しか続かないといわれているのです。2時間×3、4コマくらいが、脳が働ける限界なのです。
白河 ということは、休みながらもトータルで6~8時間。それ以上は、受け入れる情報が過多になって、不快になってしまうんですね。
出口 そうです。この話を講演ですると、50~60代のおじさんたちは、「そんなことはない。自分たちの若い頃は、徹夜して、長時間働いたら達成感があった」と言うんです。
これも医学的に証明されています。脳は疲れると、脳内から快感を伝えるホルモンを出すのです。
白河 長時間労働をすると、能率が上がっているのではなくて、「仕事をした気分」になっちゃうんですね。
出口 その通りです。生産性とは全く関係のない、脳の自衛作用なんです。例えば、次のような興味深い話があります。福島第一原発事故が起こった時、東京電力の幹部たちが必死で会議をしていました。
その時の録画を見ると、気力・体力・能力に優れたエリートたちが必死になって議論しているのに、時間の経過に従って能力が下がっていくことが確認できたのです。相手の発言がすぐに理解できずに、聞き返す頻度が増え、ボキャブラリーの数が減っていくのです。物理的に長時間労働は持たないということを端的に示した例でNHKで放送されました。
では、どうすれば生産性を高められるかと言えば、僕はいつもこんなことを提案しています。労働時間を2時間×3、4コマにして、ちゃんと休んで、「人・本・旅」の生活をすることです。
「人・本・旅」とは、人に会う。本を読む。最後の「旅」は、現場のことです。おいしいパン屋さんができたら、行って、買って、食べて、初めておいしさが分かります。脳に刺激を与えなければ、アイデアなんか出てこないんですよ。
長時間労働をして、ただ「メシ、風呂、寝る」を繰り返す生活では、日本の経済はもう持たないのです。

生産性向上に、女性活躍は必須条件
出口 もう一つ、生産性を伸ばすために大事なことがあります。それは、「女性の活躍」です。
今、サービス産業は、全産業の約74%を占めています。サービス産業のユーザーの多くは、女性です。例えば、デパートに行くと分かりやすいですよね。
白河 確かに、デパートが8フロアまであったら、そのうち婦人服売り場は4フロアくらいあって、紳士服売り場は1フロアしかありません。
出口 サービス産業のユーザーの6~7割が女性であれば、供給サイドにも女性がいなければ、いいアイデアが出るはずがありません。もっと分かりやすく言えば、「日本経済を支えている」と自負している50~60代のおじさんに、消費を支えている20~40代の女性の欲しいモノが分かるか? ということなんです。
無理でしょう? 需給をマッチングさせなければ、経済は伸びません。実は、これが、欧州でクオータ制(企業の取締役会の一定数を女性とすることなどを義務づけた制度)が導入された理由なのです。
白河 世界各国でも、売れるモノやサービスを作ろうと思えば、そのマッチングに女性は不可欠ということですね。
出口 そうです。女性が輝く社会にしないと、経済は伸びません。そのためには、みんな分かっていることですが、男性が早く帰って、家事、育児、介護をシェアしなければなりません。
まとめると、生産性を上げるためには、二つのことが必要です。一つは、「メシ・風呂・寝る」から「人・本・旅」に切り替えるために、長時間労働をやめること。もう一つは、サービス産業の6~7割を消費しているのが女性なのですから、女性を積極的に登用しなければならないということです。
白河 本当にその通りだと思います。政府が掲げる「一億総活躍プラン」で最初に挙げられたことは、女性活躍、男性の家庭参加のために、欧州並みの労働時間上限をつけましょうということでした。
ところが、働き方改革実現会議に入ると、だんだん「女性活躍」や「男性の家庭参加」がなくなって、生産性の軸だけが強くなってきてしまったんです。経営者を説得するためには仕方ないとは思いますが。「生産性=業務効率改革」という働き方改革がはやっていますが、私は、それは違うのではないかと思っています。
出口 働き方を変えるためには、価値観、意識を変えなければなりません。
白河 そうなんです。価値観の転換が、今、最も難しいところだと思っています。量から質、一律から多様、他律から自律へ、が働き方改革の本質ではと思っています。
「時間をかければいい仕事ができる」は幻想
出口 長時間労働の原因の一つに、「無限大の幻想」があります。人間は、賢くない動物ですから、「時間をかければ、いいものができる」と思ってしまうところがあるんです。
それは大きな間違いです。作家の松本清張さんは、本の校正を10回やっても満足されず、結局全部書き換えることになるほどの校正魔です。編集者としては、それをどこで止めるかが勝負になります。優れた編集者は、作者が直し始めると、「これ以上直したら、かえって悪くなる」と分かるんですよね。
白河 分岐点を見極めているんですね。

出口 そうです。人間は愚かですから、直せば直すほどいいものができると錯覚しています。でも、実は、本の原稿は1~2回直した時が一番いいものができるんです。それ以上直すと、どんどんクオリティーが落ちてゆく。ほかの仕事も同じです。
世界中の経営書でいわれることですが、いい仕事をする人は、みんな時間を切るんです。「この時間内でベストを尽くす」と。
白河 終わりの時間を意識する。時間資源は無限でないと意識するわけですね。
出口 そうです。無限大の幻想は、戦後に構築された「工場モデル」によってつくられてしまったものですから、変えないといけないんです。
白河 働き方改革というと、テレワークをやることや、AI(人工知能)を導入することなど、いろんなことが言われていますが、本質的には、時間に着目することが効果的なんですね。
出口 一番いいのは、業務終了時刻にパソコンの電源を切ることです。経営者も「人・本・旅」にシフトすると決めて、定時に冷房の電源も切ってしまう。そうなれば、帰るしかありませんね。
しかし、愚かな人は、「仕事を家に持って帰るだけだ」と言うんです。
白河 必ず、そんなことをしても持ち帰り残業が増えるだけという話が出ます。
出口 一人暮らしだったら、家でも仕事ができるかもしれませんが、多くの場合、家にはパートナーや子どもがいます。すると、みんなが足を引っ張るので、結局仕事などできません。
家に持ち帰っても仕事が進まないことが分かってくると、みんな仕事を持ち帰らなくなってきます。習慣が根付くまで、タイムラグがあるんです。人間は、強制がなければ、慣性の法則で、これまでの惰性で動きますからね。
白河 確かに、19時前退社をやっている大和証券グループ本社の鈴木茂晴最高顧問も同じように仰っていました。日本人はとにかく横並び意識が強いから、まずは形を決めてあげることがすごく大事だと。そこから、後から意識がついてくるということです。
出口 会議を減らそうと思ったら、会議室を潰せばいいんです。
白河 すると、人は「この会議は本当に必要なのか」と考えるようになりますよね。
出口 仰る通りです。ただ「長時間労働をやめろ」というパンフレットを作ったり、「早く帰れ」と言ったり、するだけでは意味がありません。退社時間になったら、強制的に電源を切る。冷房を切る。会議室を潰す。これが一番効果的だと思います。
(後編の「出口治明氏『不機嫌な上司は不要、鏡で自分の顔見よ』」へ続く)

(ライター 森脇早絵)
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