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10度目の富士山頂制覇 前哨戦の敗北感が糧に

ランニングインストラクター 斉藤太郎

各地で大きなフルマラソンが始まるのは10月下旬ごろ。シーズン序盤の大会で長い距離に慣れ、11月下旬あたりに記録を狙って本命レースに出る、というレースプランを練っている方が多いようです。

筆者は富士登山競走をフルマラソンへの「仕込み」に充てている

そんな秋を前に、当面は暑さを避けた時間と場所での練習となります。山、木陰、森林、不整地などの練習を多く取り入れてください。ゆっくりペースで構わないので、なるべく長時間走り込みます。夏に起伏や悪路を走ったり歩いたりすることで総合的な体力を高め、9月以降の質の高いマラソン練習に太刀打ちできる強い脚をつくる。そんな仕込みの時間に充てましょう。

私は毎夏の富士登山競走を「仕込み」に充てていて、今年も出場してきました。その結果は後述するとして、まずは「サブ4」前後の方を対象に夏の週末のメニュー例を挙げます。

<土曜日>
○10~30分ジョグ+ストレッチ+心地よく走るインターバル
 以下、いずれかを選択します。
・1キロ×3~5本(つなぎ3分ゆっくりジョグで呼吸を整える)
・300~400メートル×10本(つなぎ2分ジョグ)
・土と芝で「1分間快調ラン」と「1分間ゆっくりジョグ」の繰り返しを10本
<日曜日>
 前日のインターバルによる筋肉疲労が残った状態で長時間運動に取り組みます。
○登山やトレイルランニング
○木陰90分~2時間ウオーク&ジョグ(気ままに歩いたり走ったり)
○朝=60分ジョグ、夕=30分ウオーキング(1日2回体を動かす)

目的を掲げたものの、それにのっとってなんとなく練習に取り組むよりは、山岳系、トレイル、その他の大会にエントリーしてモチベーションを維持するのがいい。エントリーが終了した場合でも、仲間と山へ行く計画を立てるなど、そこに向けてワクワクが持続する状況をつくることで気持ちが引き締まります。

マラソンのことをずっと考えていると、どうしても新鮮な気持ちが薄れ、疲弊します。ランニングライフを長く継続させるためには、一旦走ることから少し距離を置き、違う要素のスポーツに没頭する。そんな時間があってもよいと思います。「オレンジジュースのプールにずっとつかっていると、いつしか自分はオレンジジュースが好きだったことを忘れてしまうことがある」。そう恩師からいわれたものです。

極端な上り下りがある北丹沢のレースでは敗北感を味わった

富士登山競走の話に入りましょう。今年は第70回大会で7月28日に開催されました。「山頂コース」と「五合目コース」があり、山頂コースは富士吉田市役所前をスタートし、3776メートルの山頂がフィニッシュ。総距離21キロ、高低差3000メートルの大会です。山を専門とするランナーがいる一方で、前述した目的のマラソンランナーも多く参加したはずです。ニッポンランナーズからは私を含めて25人ほどが出場しました。まずは、このレースに向けてどのような練習をしてきたかをお話ししましょう。

山岳耐久レース

富士登山競走には何度も出てきましたが、今年はもう少ししっかり走りたいという思いで、レース4週間前に「北丹沢12時間山岳耐久レース」に出ました。距離44.24キロ、高低差1143メートル。山頂がゴールで登りっぱなしの富士登山と異なり、上りと下りが繰り返される本格的山岳レースは初めてです。富士山につなげる練習と割り切り、つらい目に遭うことは覚悟して、というか、そうなることを心のどこかで楽しみに出場しました。

大まかに1200、1000、1400メートルと3つの山を登っては下りました。記録は6時間44分48秒(総合158位)。優勝タイムは4時間39分23秒でした。門外漢が来てはいけない場所に来てしまったようでした。

後で知ったのは、山岳トレイルレースには、上り下りが極端で歩くことが多くなる険しいコースの大会と、そこまで極端ではない分、走る割合が多いコースの大会とがあるそうで、北丹沢は前者とのことです。高低差が激しいとつらい一方、高低差が少なければその分、走れる区間が長くてつらい。傾斜が険しいコースでじっくり歩き、耐えて上る方が好きだという人もいるのが、この世界のおもしろい側面だと思います。

さて「門外漢」が想定をはるかに上回る自己敗北感を感じたのは以下の点です。

<下り>

10度目の富士山頂制覇を達成した

最も大きな違いを見せつけられました。小石や不規則な階段、谷を下るジグザグの細い道。そんなところを20~30分下り続けます。本格的な山岳派ランナーは動物のようにスムーズに駆け下りていきました。一方の私は、傾斜や不安定な路面に対して「滑るのでは」という恐怖と、足首や膝への衝撃が怖くて、歩いては抜かれ、後ろに気配を感じては邪魔にならないよう端に寄る。そんな下り方でした。着地する足にしっかりと体重を乗せきるロードの技術が身についているのですが、それが邪魔に思えました。

3つ目の1400メートルの山を登りきると、フィニッシュまで9キロの下り。本格派にはここなど至福の時間だそうですが、私には拷問。足の衝撃吸収機能が失われ、骨がズキズキ痛み、サスペンションのない車で走っている感じでした。

山の駆け下り方には「体重を乗せすぎず、足を軽く滑らせるように走る」などのコツがあるようです。ただ、今後この技術を体得できた時、それがマラソンに生きてくるのか、マイナスなのかはまだわかりません。

<爪>

高校生の夏合宿で足の指の爪が使い物にならなくなったことが一度だけあります。それ以来、十数年ぶりに左右の爪が機能を失いました。残念な気持ちです。地面に力が伝わるように、普段はある程度爪を伸ばすようにしているのですが、この大会前に限っては短めに切っておいた方がよかったのかもしれません。

<女性ランナー>

12人の女性ランナーに負けたようです。おおむね下り坂で抜かれました。おそらくは同世代です。抜かれるたび「平地の走りでは負けることは絶対ないのにな」と、その後ろ姿を眺めました。

富士登山競走の結果は…

ひどい目に遭った約4週間後に富士登山競走に出場しました。記録は3時間31分5秒。通算11回目の完走です。昨年は悪天候により五合目で打ち切られ、10回目の山頂制覇が持ち越しとなったのですが、今年ついに達成しました。優勝タイムは五郎谷俊選手の2時間31分34秒。序盤から独走だったそうですが、自分より1時間も早く登りきっているのは想像を絶する強さです。

北丹沢での大敗から4週間。そんな短期間に体が強くなるわけはないのですが、次のように体の深層の部分で何かが変わったような手応えがありました。

<足が強くなった>

一歩の踏ん張りが強くなったと思います。取りこぼさず地面を捉えられる感覚。実はレースの間に古武道の指導を受け、足の指を強化する方法を習いました。着眼点は「猿のような足にする」。トレーニングを続け、ある日革靴を履くと靴底が柔らかく感じました。足が若干、進化したのかもしれません。

<つらさへの抗体>

舗装路から登山道へと切り替わる10キロあたりから先は歩く局面が徐々に増えてきます。ここでいつも以上に走ることができました。多くの歩いている人を走って追い越せたのです。「この程度の斜度ならまだ走れるでしょ」という感覚です。北丹沢で上り下りを4時間以上繰り返し、筋疲労を抱えて1400メートルの山を登ったことを思えば、そこいらの上りではへこたれない、というわけです。

基礎力強化の位置づけで出場した2つの大会を通じ、ランナーとして、インストラクターとして収穫の多い7月を過ごすことができました。

<クールダウン>寄り道で感覚を研ぎ澄ます
 「女子力」のように「○○力」という言葉が目につきます。日ごろの指導で考えさせられるのは「人間力」。動物であるヒトとしての生きていく能力です。
 きれいにボールを蹴ることができる子が頼りない投げ方をすることがあります。教えられた種目の専門の動きはできても、基盤となる当たり前の動作が未熟であったりします。専門的指導を受けたいがために「基礎は習得済み」と安心したい心理。それでは大きな作品は築けず、やがて記録やパフォーマンスの頭打ちを迎えるはずです。
 ランニングもしかり。平たんな道をまっすぐ走っているだけでは人間力が目減りしてくるように思えます。私の場合、他競技のアスリートへの指導もありサイドステップやスラローム走を追究しています。そんな寄り道が実は感覚を研ぎ澄まし、まっすぐ前に走る効率のアップに結びついていると感じます。それもあって、起伏や整っていない路面をあえて選んで走るべきだと考えます。

さいとう・たろう 1974年生まれ。国学院久我山高―早大。リクルートRCコーチ時代にシドニー五輪代表選手を指導。2002年からNPO法人ニッポンランナーズ(千葉県佐倉市)ヘッドコーチ。走り方、歩き方、ストレッチ法など体の動きのツボを押さえたうえでの指導に定評がある。300人を超える会員を指導するかたわら、国際サッカー連盟(FIFA)ランニングインストラクターとして、各国のレフェリーにも走り方を講習している。「骨盤、肩甲骨、姿勢」の3要素を重視しており、その頭の文字をとった「こけし走り」を提唱。著書に「こけし走り」(池田書店)、「42.195キロ トレーニング編」(フリースペース)、「みんなのマラソン練習365」(ベースボール・マガジン社)、「マラソンと栄養の科学」(新星出版社)など。

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