2019年9月22日(日)

村井満チェアマン「人との関係性の質を上げよう」
サッカー元日本代表・岩政大樹が聞く

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2017/8/9 6:30
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 サッカーの元日本代表、岩政大樹(35)が見聞を広めるために重ねている対談シリーズの4回目。人材ビジネスの世界からサッカー界に招かれたJリーグの村井満チェアマンの思想に迫った。

村井 鹿島からタイリーグに渡り、J2の岡山でプレーしたと思ったら、今度は関東社会人リーグの東京ユナイテッドでしょ。短い期間にいろいろチャレンジをして、姿勢がアグレッシブですよね。

岩政 こんな人生になるとは思っていませんでした。30歳のころに人生観が変わったんですよ。

村井 どうして?

岩政 もともとは新しいことに挑むのが苦手なタイプでした。しかし、30歳を迎えるころに、このままではまずいと不安を感じ始めて、生き方を変えました。たぶん、このままサッカーで生きていくだろう、だとしたらなおさら鹿島以外のところに出ていって、いろいろ学んでおく必要があると感じたのです。

村井チェアマン(右)の思想に迫る岩政

村井チェアマン(右)の思想に迫る岩政

村井 外の世界に出るのは怖くはなかった?

岩政 出てみたら意外に平気でした。いまは変化することに楽しみを感じています。村井さんはどういう経緯でJリーグに関わるようになったのですか。

村井 ビジネスマンの転職をサポートする会社(現リクルートキャリア)の社長を務めているときに、Jリーグやプロ野球機構へキャリアサポートなどのために出向者を送り込んでいました。そのつながりで2008年にJリーグの理事になりました。Jリーグの理事会はクラブ関係者、リーグと日本サッカー協会の幹部、社外理事で構成していて、私は社外理事として招かれたわけです。まさか、その後、チェアマンになるとは私も周りの人間も思っていませんでした。

岩政 それがどうして?

村井 私が理事を務めている間にJリーグへの関心度が落ちたり、リーグの収入が落ちたり、Jリーグは変わり目を迎えていました。何か手を打たなくてはならないというわけで、一部の反対を押し切って2ステージ制の導入を決めました。そういう中で、Jリーグを客観的に見ることのできる人間がチェアマンに就くべきだという声が高まり、私に白羽の矢が立ったのです。

岩政 就任して、最初から自分の考えを打ち出そうとしたのですか。それとも、しばらくは現状把握に時間を費やそうと思ったのですか。

まずは全クラブに足を運ぶ

村井 まずはJ1からJ3までの51クラブ(現在は54クラブ)に足を運ぼうと決めて、実行に移しました。クラブハウス、練習場、事務所、スタジアム、サポーターが集まる居酒屋はどんな雰囲気なのだろう、知事、市長、地元経済界とクラブの距離感はどんな具合なのだろうと、実際に行って感じ取りました。

岩政 自分にはそれが必要だと思ったわけですね。

村井 リクルートに入社したとき、東京の神田営業所に配属されて、求人広告を取ってくる仕事をしました。郵便番号が101の地区が僕の担当でした。秋葉原の家電量販店の裏には小さな部品店がたくさん並んでいて、そのすべてを回りました。そうすると、この店のおやじと、はす向かいの店はけんかをしているとか、この店はあの会社の部品は絶対に仕入れないとかがわかってきます。自分の足で歩き回らないと、いろんなことが実感としてつかめないんですよ。

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