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村井満チェアマン「人との関係性の質を上げよう」

サッカー元日本代表・岩政大樹が聞く

 サッカーの元日本代表、岩政大樹(35)が見聞を広めるために重ねている対談シリーズの4回目。人材ビジネスの世界からサッカー界に招かれたJリーグの村井満チェアマンの思想に迫った。

村井 鹿島からタイリーグに渡り、J2の岡山でプレーしたと思ったら、今度は関東社会人リーグの東京ユナイテッドでしょ。短い期間にいろいろチャレンジをして、姿勢がアグレッシブですよね。

岩政 こんな人生になるとは思っていませんでした。30歳のころに人生観が変わったんですよ。

村井 どうして?

岩政 もともとは新しいことに挑むのが苦手なタイプでした。しかし、30歳を迎えるころに、このままではまずいと不安を感じ始めて、生き方を変えました。たぶん、このままサッカーで生きていくだろう、だとしたらなおさら鹿島以外のところに出ていって、いろいろ学んでおく必要があると感じたのです。

村井チェアマン(右)の思想に迫る岩政

村井 外の世界に出るのは怖くはなかった?

岩政 出てみたら意外に平気でした。いまは変化することに楽しみを感じています。村井さんはどういう経緯でJリーグに関わるようになったのですか。

村井 ビジネスマンの転職をサポートする会社(現リクルートキャリア)の社長を務めているときに、Jリーグやプロ野球機構へキャリアサポートなどのために出向者を送り込んでいました。そのつながりで2008年にJリーグの理事になりました。Jリーグの理事会はクラブ関係者、リーグと日本サッカー協会の幹部、社外理事で構成していて、私は社外理事として招かれたわけです。まさか、その後、チェアマンになるとは私も周りの人間も思っていませんでした。

岩政 それがどうして?

村井 私が理事を務めている間にJリーグへの関心度が落ちたり、リーグの収入が落ちたり、Jリーグは変わり目を迎えていました。何か手を打たなくてはならないというわけで、一部の反対を押し切って2ステージ制の導入を決めました。そういう中で、Jリーグを客観的に見ることのできる人間がチェアマンに就くべきだという声が高まり、私に白羽の矢が立ったのです。

岩政 就任して、最初から自分の考えを打ち出そうとしたのですか。それとも、しばらくは現状把握に時間を費やそうと思ったのですか。

まずは全クラブに足を運ぶ

村井 まずはJ1からJ3までの51クラブ(現在は54クラブ)に足を運ぼうと決めて、実行に移しました。クラブハウス、練習場、事務所、スタジアム、サポーターが集まる居酒屋はどんな雰囲気なのだろう、知事、市長、地元経済界とクラブの距離感はどんな具合なのだろうと、実際に行って感じ取りました。

岩政 自分にはそれが必要だと思ったわけですね。

村井 リクルートに入社したとき、東京の神田営業所に配属されて、求人広告を取ってくる仕事をしました。郵便番号が101の地区が僕の担当でした。秋葉原の家電量販店の裏には小さな部品店がたくさん並んでいて、そのすべてを回りました。そうすると、この店のおやじと、はす向かいの店はけんかをしているとか、この店はあの会社の部品は絶対に仕入れないとかがわかってきます。自分の足で歩き回らないと、いろんなことが実感としてつかめないんですよ。

岩政 Jリーグの将来について、どういう絵を描いていたのですか。

村井 当初は何も描けていませんでした。まずは中野幸夫さん、大河正明さん、中西大介さんと僕の4人の幹部が4、5回、都内のホテルに泊まり込んで、大事な打ち手は何なのかを議論し尽くしました。急に選手の技術レベルが上がるわけではないし、世界のトップクラスの選手や監督を呼べるわけでもありません。そこで決めたのが選手との「3つの約束」です。(1)笛が鳴るまで全力でプレーする(2)リスタートを早くする(3)選手交代は早くする。翌年、(4)異議・遅延はゼロにする――を加えて「4つの約束」としました。きびきびとしたプレーなら誰でもできます。Jリーグを魅力的なものにするために、まずそこから始めようと考えました。14年のワールドカップ(W杯)ブラジル大会のリスタートの時間をすべて計測したところ、CKを蹴るまでの時間は26.4秒でした。それに対して、その年のW杯までのJ1では30.6秒かかっていました。リスタートを早くすると観客の印象がよくなるだけではありません。相手が戻りきる前にCK、FKを蹴った方が、得点のチャンスが大きくなるはずです。3つの約束を掲げたことで、1年目はリスタートまでの時間が短くなりました。こうやって具体的に計測して、現場にフィードバックしていく必要があります。

Jリーグの将来について「大事な打ち手は何なのかを議論し尽くした」と村井チェアマン

岩政 「具体的に」というのが大事なのだと思います。プロの選手も、ただ頑張ろうではなく、具体的にどう頑張るかを意識しないと選手は伸びません。

ファクトを突き詰める

村井 私はファクトを突き詰めていくようにしています。14年のブラジルW杯でドイツの優勝を決めるゴールを記録したマリオ・ゲッツェは22歳でした。「すごいな」と思って、ゲッツェについて調べていきました。ゲッツェの過去を徹底的に掘っていったわけです。その結果、いろんなヒントを手に入れることができました。彼は9歳でドルトムントのアカデミー(育成組織)に入っています。その13年後に、あの大舞台に立ったわけですが、ドイツサッカー界はその13年間に何をしてきたのだろうと調べていきました。ドイツは様々な育成改革を行っています。ベルギーのダブルパス社が開発したアカデミーの評価システムも導入しました。どんなものなのだろうと、高校の後輩がアカデミーのコーチをしている1FCケルンに行って尋ねたりして、Jリーグでも導入することにしました。日本サッカー界は30年にW杯の4強に入るという目標を掲げています。あと13年です。目標をクリアするには、いま9歳の子が14年のゲッツェと同じ22歳になったとき、どんな選手に育っているかにかかっています。

岩政 チェアマンの仕事について教えてください。主にどういうことに頭を使っていますか。

村井 今年はJリーグの関連会社の法人改革をしました。6つの会社を再編して、Jリーグホールディングスのもとにまとめました。社員はすべてJリーグホールディングスに所属して、それぞれの会社に配す形です。セクショナリズムに陥っていて、一つの方向にベクトルを合わせにくい風土が気になったからです。8月からはオフィス内を大幅にレイアウト変更して、チェアマンの部屋も椅子もなくしてフリーアドレス制にします。各クラブの方もパートナー企業の方も自由に使ってもらいます。Jリーグが目指す姿、目的地を明確にして、どういうルートをたどっていくのか、装備はどんなものにするのか、どういう価値観を持った仲間と一緒に行くのかを明らかにしていこうと思っています。いまはバラバラに進んでいることをギューッとまとめて、すべてを一つのストーリーの中で完結する統合型の戦略を練っていきます。

岩政 そのためにポイントになることはどういうことでしょう。

村井 自分はDFだからDFのことしか考えない、GKだからGKのことだけを考えるというのでは、うまくいかないと思うんです。GKもFWの心理、思いをわかったうえでプレーする必要があるのではないでしょうか。11のポジションのことをすべて頭に入れておいた方がいいはずです。6つの会社を再編し、Jリーグホールディングスのもとにまとめて、社員の本籍を一つにしたのは、それは私の仕事ではないという逃げを廃すためです。みんなでJリーグについて考えていくために、たこつぼを破壊しました。でも、ハコをきれいにしただけでは不十分です。個人の意識が変わらないと何にもなりません。そこで、まずは18人の幹部が互いのことをすべて理解するようにミーティングを重ねています。18人が18人の立場を理解すればベクトルが合ってくるはずです。強いチームというのはそういうものではありませんか。

岩政は「大事にしているのは選手たちと本気で向き合うこと」と語る

岩政 僕はよく、全員が手をつないでいるようにサッカーをするのが理想という話をします。1人が動いたら、それに反応して動かないと手が離れてしまいます。もちろん、自分の持ち場の仕事は責任を持ってやるけれど、誰かが動いたら自然にカバーしなければなりません。強いチームはこの感覚がわかって動いています。

差が出たのは傾聴力と主張力

村井 話は変わりますが、15年のJリーグの新人研修のときに何を話そうかと考えて、10年前の05年に加入した選手のうち、成功した者に共通するものは何かを調べました。コーチからアンケートをとったり、聞き取り調査をしたりしました。その結果、心技体の能力、ピッチ上での闘争心、平常心という点では、成功した者としなかった者に差はありませんでした。プロになったのだから、そういう要素を備えているのは当然です。差が出たのは傾聴力と主張力でした。人の話をよく聞いて「どうしてですか」と尋ね、どうしたらいいんだろうと考え、自分だったらこうすると主張する力です。成功した選手も挫折はしているはずです。困難な状況をくぐり抜けることができたのは傾聴力と主張力があったからなのでしょう。

岩政 指導者はよく、選手に自分で考えなさいと言います。でも、何も与えずに、ただ考えろと言っても、選手は育たないと思います。与えるべきものと、考えさせるべきものを分ける必要があります。たとえば、ボールを受ける選手は味方のボール保持者と相手ゴールを結んだ線上に立ってはいけません。それでは、相手がゴールを守りながら、ガツンと当たりにくることができるので。線上から少しずれたところに立てば、相手は守りにくくなります。こうすると他の選手がボールを受けるスペースができます。そこに気づいていない選手には情報を与えたほうがいいケースがあるでしょう。そして、その立ち位置からどうしたらいいかを考えさせればいいんです。指導者は与えるか考えさせるかの二者択一ではなく、考えさせるべきものと与えるべきものを常に整理していかなくてはいけないと思います。

村井 1から10までマニュアルを与えたら何も考えなくなるし、かといって「自由にやっていいよ」だけでは何をしていいのかわからないでしょうね。

岩政 村井さんは問題を徹底的に掘り下げる方なのがわかりました。そういう人間を育てるにはどうしたらいいんでしょう。

村井 米マサチューセッツ工科大のダニエル・キム教授が「一番大事なのは人との関係性の質を上げること」だと説いています。そうすると思考の質が高まり、いいアイデアが出てきて、行動の質が高まり、結果の質が上がるというわけです。結果の質を上げることから入ってはいけないのです。先日、幼稚園児の母親に向けた講演でその話をして、「お母さんたちは結果の質を上げることから入っていませんか」「あの子はできているのに、なぜあなたはできないの、と言っていませんか」と問いかけたら、みなさん困った顔をしていました。先生も同じで「どうしてできないの」と子どもに言ってしまうと、思考のレベルが落ちて、言われたことしかしないようになり、先生との関係性も悪くなります。だから、「掘り下げる人間」をつくるにはどうしたらいいかと、結果から入ってはいけないのだと思います。私が法人改革をしたり、事務所をフリーアドレス制にしたり、18人の幹部に徹底的に話をさせたりしているのは、関係性の質を高めるためだと解釈することができます。

岩政 なるほど。僕がいま、駆け出しの指導者として一番大事にすべきなのは選手たちと本気で向き合うことだと考えています。それができれば、多少、練習メニューが間違っていても選手は伸びていくのだと思っています。本気で、こいつらをうまくしてあげたいと考えることが大事なのだと思います。

村井 選手との関係性を最高レベルに上げれば、いい結果が出るでしょうね。

<対談を終えて>…謙虚で確かな歩み
 村井さんがJリーグのチェアマンに就任してまだ3年半しか経過していない。にもかかわらず、「何かが変わってきた」。何となくだが、閉じていた世界に風穴が開き、新しい風が吹きこんでいるように感じていた。
 村井さんはサッカー界で働いてきた方ではない。「第三者」の客観的な視点を求めたJリーグの就任要請をのむと、現状把握のため労を惜しまず、現場に足を運んだ。何となく感じていた風は、村井さんの謙虚で確かな歩みによってもたらされたものなのだと知った。
 結果の質を高めようとするなら、関係性の質を高めること。「どうしてできないの?」と子どもに言ってしまうと、思考のレベルが落ちて、関係性も悪くなる。
 最後にうかがったこの話にはすべてに通ずるものを感じた。指導者として、父親として、まさにいま私が日々、考えるべきものとリンクして、ガツンと心に届いた。サッカーの指導現場でよく聞く「どうしてできないの?」という言葉をタブーにするだけでも、そのチームはかなり前に進めるように思った。
 対談の中で村井さんが繰り返し使っていた言葉がある。「掘る」。ある現象が起きたら、「なぜなのか」を自分なりにどんどん掘っていき、「ファクト」を突き詰める。掘った先に、次はどんな風穴を空け、どんな風を吹かせてくれるのだろうか。村井さんには、サッカー界にまだまだ掘るべき場所がたくさん見えているように感じた。
 一方、駆け出しの私は「掘る」習慣を守り、生涯をかけて掘っていくものを探していきたい。そのため、いまは村井さんが全国のJクラブを回ったように、接し、感じ、そして知ることが大事なのだと思っている。

村井満(むらい・みつる) 1959年、埼玉県生まれ。県立浦和高校ではサッカー部に所属。早稲田大学法学部から83年に日本リクルートセンター(現リクルートホールディングス)に入社。2004年、リクルートエイブリックス(現リクルートキャリア)の社長就任。08年、Jリーグ理事(非常勤)となる。11年にリクルートのアジア事業を統括するRGF Hong Kongの社長、13年に会長に就任。同年末で同社を退き、14年1月にJリーグの第5代チェアマンに就任した。

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