2019年2月21日(木)

分裂ビットコイン、合議のツケ

2017/8/3 6:30
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代表的な仮想通貨、ビットコインが1日夜に分裂し、新しい通貨「ビットコインキャッシュ(BCC)」が誕生した。BCCは時間の経過につれ取引が増え始め、新旧2つの規格が並立する状態に。共同体の不平分子がたもとを分かち、騒動はひとまず収まった形だが本家のビットコインには分裂の火だねがなおくすぶる。2009年の誕生から8年。ビットコインは覇権を争う大競争時代を迎えた。

■ニューノーマル、受け入れられる

ビットコイン騒動は分裂という形でひとまず収まった

ビットコイン騒動は分裂という形でひとまず収まった

システムの分裂が起こったのは日本時間で1日午後9時20分。当初、BCCはそれほど支持を伸ばせず、すぐに本家のビットコインのシステムに吸収され、再統一すると思われていた。

だがBCCはインターネット上の公開台帳の書き換えが2日夕方までに12回行われた。「独立したコインとして市場に受け入れられた」と、大手仮想通貨取引所ビットバンク(東京・品川)の広末紀之最高経営責任者(CEO)は指摘する。

2日夕時点で本家のビットコインは1個30万円前後(時価総額約5兆円)と分裂騒動前の水準で推移。分裂を嫌気した価格下落は限定的だ。

一方、BCCも1個5万円前後(時価総額約8000億円)で取引され、新旧2種のコインは別々に取引されている。国内の一部取引所もBCCの取り扱いを始めた。市場は新しい事態を「ニューノーマル(新常態)」として受け入れ始めているようだ。

分裂騒動の背景にあるのは「コアデベロッパー」と呼ばれる技術者集団と、ビットコインの取引検証作業に従事する「マイナー(採掘者)」と呼ばれる事業者集団の対立だ。

利用者の増大でビットコインネットワークは取引量が処理能力の限界を上回るようになり、取引が完了するまでの待機時間が長引いたりマイナーに支払う手数料が高騰したりするなどの弊害が出てきた。そこで処理方法の変更をコア開発者が提案したが、中国の大手マイナーが反発し今回の分裂に至った。

国や中央銀行という絶対的な管理者がいないビットコインネットワークは、コア開発者やマイナーを中心に参加者による合議制で一つの規格(プロトコル)を守ってきた。参加者が共通のプロトコルを使うことで世界規模の分散型通貨が成立する。分裂とは、プロトコルが乱立し互換性がなくなることを意味する。

これまでマイナーはコア開発者の示す方針に基本的に従ってきた。マイナーが反発し始めたのには「このままでは自分たちの取り分が薄くなる」という危機感が強まったことが大きい。

現在の規定ではマイナーは計算競争に勝つと10分ごとに12.5個のコインが報酬としてもらえ、取引を処理するごとに手数料収入も入る。ところが4年ごとにこの報酬は半減し、2033年には総発行量2100万個の99%のコインが出回り、新規発行は事実上打ち止めになる。

新規供給が断たれたマイナーは手数料収入に依存するしかなくなる。そうなるとマイナーの利益を確保するために手数料を大幅に引き上げねばならず銀行送金よりも割安という魅力が失われる。

この「2033年問題」をにらみ、コア開発者の陣営はビットコインのシステムの外部で少額の取引を処理し、システムの負荷を減らす技術開発を急いでいる。この「ライトイングネットワーク」という仕組みが広がれば、ビットコインの決済システムは最後に収支尻を合わせるだけの交換の場に成り下がる。

マイナーにとっては虎の子の食いぶちが消失しかねない。この危機感がBCCという新種を産み落としたのだ。

■11月、次の騒動か

経済学者の野口悠紀雄氏は分裂騒動を「分散ネットワークにおいて民主的に規格変更についての合意形成をしようとしている」と肯定的に見る。

ビットコインの理念が「管理者不在の通貨システム」の実現なのだから民主的な話し合いの過程で対立が生じてもむしろ自然、というわけだ。だがそのたびに利用者や市場は右往左往する。

しかも今回のBCC誕生によりマイナー陣営の不満が全て解消したわけではない。本家のビットコインでは、時間当たりの処理量を2倍に増やす新規格の稼働が11月に予定されているが反対意見もある。分裂騒動が再燃する見込みだ。

11月に不満を募らせたマイナーがBCC陣営に走ったり別の規格を作ったりすれば、本家ビットコインにはさらなる打撃だ。最後はどの規格がマイナーや利用者から最も多くの支持を集めるかの勝負になるだろう。

ノーベル経済学者のフリードリヒ・ハイエクは貨幣の質を巡って競争を繰り広げる「貨幣の脱国営化論」を唱えた。ハイエクのご託宣通りに、ビットコインはより使い勝手のよい決済手段を目指して進化の大競争が始まったとも言える。

民主的な合意形成は時間と手間がかかり、時には「衆愚政治」を招くことがある。民主政が始まった古代ギリシャではこうした危機の時代に多数の僭主(せんしゅ)が出現した。僭主は門地門閥が勢力を失うなか、共同体の構成員の不満や自らの富を利用し、共同体での支配権を奪い取った。

ビットコインにあてはめれば創始者の「サトシ・ナカモト」の薫陶を受けたコア開発者が率いた従来の仕組みは、サトシの権威に基づく「貴族制」にあたる。そこに財力を蓄えたマイナー=僭主が反旗を翻した構図だ。

だが歴史を振り返れば、僭主はいずれも悲しい結末を迎えて消えていった。ルネサンスが花開いた中世のフィレンツェでは金融資本のメディチ家が「無冠の帝王」として君臨し、名目上の民主政の下における実質的な独裁者として振る舞った。だが有産市民の不満を招き、最後にはフィレンツェを追われた。

ビットコイン共同体も同じような道をたどっている。今もなおコア開発者の陣営は一目置かれているが、いつか財力で勝るマイナーが合意形成の主導権を握り、マイナーの間でも「支配者」は幾度も入れ替わるだろう。

僭主制が倒れるのは政策が財政的に行き詰まる時だ。このひそみに倣えばマイナーがどこまで自らのエゴを抑えて抑制的に振る舞い、参加者の支持をつなぎ留められるかが、「通貨」として勝ち残る条件になる。

(木ノ内敏久)

[日経産業新聞 8月3日付]

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