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日本代表のITラグビー、草の根に 慶應と横浜の挑戦

スポーツイノベーターズオンライン

「スポーツ×テクノロジー」「スポーツ×地方創生」「スポーツ×ツーリズム」…。近年、スポーツを切り口にした新ビジネス創出への取り組みが活発化している。そうしたなか、スポーツを上手に活用して子供たちに科学技術やIT(情報技術)に対する関心を高めてもらうことを目指す、「スポーツ×教育」の取り組みが増えている。前回の米国での事例に続き、日本の最新事例を紹介する。

世界にどうやって勝つか?

「今回、皆さんと一緒に取り組んだ成果は、日本代表やトップリーグ、慶應義塾大学などの大学チームに活かせるものだと考えています」

慶應義塾大学 蹴球部(ラグビー部)S&C(ストレングス&コンディショニング)ディレクターの太田千尋氏は、小学5年生の"アスリート"たちを前に、こう総括した。

同大学の大学院システムデザイン・マネジメント(SDM)研究科とラグビー部は2017年6月26日、同29日、同7月3日の3日間、横浜市立日吉台小学校の5年生の児童を対象に「スポーツデータサイエンス授業」を開催した。太田氏の総括は、授業を終えるに当たって児童たちに話した言葉だ。

今回の授業では、ラグビー日本代表でもS&Cコーチを務める太田氏に加え、慶應義塾大学ラグビー部の部員が児童たちの指導に当たった。様々な競技でトップクラスのコーチやアスリートが小学生をコーチングするスポーツ教室はよくあること。今回の授業には、他とは違う特徴がある。それは、授業の名称にもある「スポーツデータサイエンス」だ。

トップアスリートが取り入れているIT(情報技術)を用いた先端のスポーツデータ活用を小学生が体験した。具体的には、GPS(全地球測位システム)デバイスやドローンを使ったプレー中の動きのトラッキングである。37人の児童たちを3つのチームに分け、タッチラグビー(コンタクトプレーのないラグビー)の試合中の動きを計測する。グラウンドでの試合前後には、簡易のワークショップを開催。学生アスリートがチームに入り、児童たちの意見を引き出しながら一緒に戦術を練った。

「例えば、自分がどれだけ速く走れるか。ラグビーのような競技でルールがある中で走る場合、普通に走る時ほど速くは走れません。ルールの中で、自分の力を最大限に発揮できる状況をどうやって作るか。それは、体の小さな日本の選手が世界に勝つためのカギになる。データで可視化し、戦術を練ることがパフォーマンスの向上につながる。子供たちに『世界にどうやって勝つか?』という課題を与えて考えてもらいます」

太田氏は授業の狙いをこう話す。グラウンドでの実技の後には、計測データを児童たちに提示し、3日間の授業で試合中の動きがどれだけ改善したかを可視化して見せた。

スポーツデータを行動変容につなげる

スポーツデータサイエンス授業は、慶應義塾大学SDM研究科と日吉台小学校がある横浜市港北区が2017年6月に結んだ連携協定の一環だ。日吉台小学校を対象にした今回の授業は、その第一弾の取り組みである。

連携協定では、「スポーツを通じたデータ活用推進教育研究」を取り組みの1つとして掲げている。港北区民が、自分が行ったスポーツに関するデータ(スポーツデータ)を収集・分析・考察する力を養うと共に、スポーツデータに関するオープンデータ推進のための研究を進めることが狙いだ。

小学生対象の授業のほか、同区内に在住する家族を対象にしたスポーツデータサイエンスの公開セミナーや、高校生以上を対象にしたスポーツデータ活用のアイデア創出ワークショップを実施する。「様々な形で対象者のスポーツデータを計測。パフォーマンスを考察し、区民の行動変容につなげていきたい」と、今回の授業を主導したSDM研究科の神武直彦准教授は語る。

可視化で作戦と気持ちに具体性

連携協定には、もう1つの狙いがある。2年後、3年後に国内で相次いで開催されるスポーツの"メガイベント"に向けた盛り上がりの機運を創出していくことだ。

港北区は、日産スタジアム(横浜国際総合競技場)を抱えている。同スタジアムは、2019年に開催されるラグビーワールドカップ(W杯)決勝の舞台であると同時に、2020年の東京五輪のサッカー会場としても予定されており、2002年に開催された日韓サッカーW杯の決勝会場でもあった。

「港北区は、世界の3大スポーツ大会の全てを経験することになる。全国に20市ある政令指定都市の行政区の中では人口や出生数でトップだが、高齢化や老朽インフラなどの社会課題も抱えています。科学技術やイノベーションによって区民の幸福感・満足度の最大化に向けて慶應義塾大学と取り組んでいきたい」と、港北区長の横山日出夫氏はスポーツによる地域活性化に期待を寄せる。

「(グラウンドの)全体に広がる」「(パスをもらえるように)声をたくさん出す」「キックを使ってみる」など、グラウンドで試合に臨む前のワークショップでは児童たちがパフォーマンスを高めるためのアイデアをふせん紙に書き出し、メンバーで話し合いながらチームごとの作戦に落とし込んだ。

試合後の振り返りでは、ドローンで上空から撮影した試合中の俯瞰(ふかん)動画や、GPSデータに基づく動きの軌跡によるチームの動きを、目を輝かせながら見る児童たちの姿があった。

では、スポーツデータによる可視化の成果はどうだったか。下のグラフは、試合のデータも伝えず作戦も考えていない計測時の結果(黒)と、初回のデータを見ながら作戦会議をした上で2回目の試合に臨んだ時のデータ(黄色)の比較である。「全力度(最大速度)」「頑張り度」「ダッシュ回数」のいずれの指標においても、データによる可視化の効果が顕著に表れた。

ちなみに赤の「%」の数字は、試合におけるGPSデータの世界レベルの選手との比較値である。例えば、「頑張り度」は試合中の移動距離を表しており、世界レベルの約80m/分に対する割合を示す。初回の試合時は42%だったが、2回目は88%にまで改善した。

「みなさんの体力が3日間で向上したわけではなく、きちんと作戦を立てたことと、(走ろうという)気持ちを持ったことで数値が大きく変わりました」と、太田氏は実測した数字を見せながら授業を受けた児童たちに説明した。冒頭の「日本代表や慶應ラグビー部でも生かしていく」という言葉は、この成果を受けてのものだ。

最先端の「スポーツ×IT」、体験の輪を広げる

今回の授業を見守った日吉台小学校の石坂由美子校長は、「スポーツデータの科学的な活用の効果を見せてもらいました。学校では指導する時にたくさんの言葉で説明してしまいがちですが、可視化によって短い言葉でも子どもたちはきちんと行動に移していた。こうした取り組みを、子どもたちにとって良い環境を整えていくことにつなげていきたい」と、教育現場での気付きについて感想を話す。

2017年11月4日には、日産スタジアムでラグビー日本代表とオーストラリア代表「ワラビーズ」のテストマッチが開催される。それに先立ち、港北区と慶応義塾大学SDM研究科は10月7日に、小学5年~中学3年生を対象にした「ラグビーワールドカップ2019応援企画! スポーツデータサイエンス体験教室」として、同様の取り組みを実施する。

今回の授業で最先端の「スポーツ×IT」に目を輝かせた子どもたちの体験が、親たちに、そして港北区民、横浜市民…と輪を広げていく。トップアスリートを育てる「先進」と、市民レベルの「草の根」の融合は、メガイベントの先を見据えたスポーツ産業の拡大やスポーツ文化の醸成で大きなカギとなりそうだ。

(日経BP総研 未来研究所 高橋史忠)

[スポーツイノベイターズOnline 2017年7月26日付の記事を再構成]

【参考】2017年10月7日、横浜市港北区と慶応義塾大学SDM研究科は慶應義塾大学蹴球部と連携し、慶應義塾大学日吉キャンパス下田グラウンドにて「ラグビーワールドカップ2019応援企画! スポーツデータサイエンス体験教室」を開催する。詳細は、http://www.city.yokohama.lg.jp/kohoku/suisin/kikaku/sports-deta/

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