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「仮説と証明」で課題に挑む 渡部桂太(下)

プロスポーツクライマー

どんな壁にも対応する高い修正力を渡部桂太が発揮できるのは、柔軟性や日ごろのトレーニングの成果だけではない。課題への向き合い方も、多くの選手と一線を画す。「仮説と証明が好き。石橋をたたいて渡るじゃないけど、臆測だけでなく確実にこなしたい」

直前の選手が使った滑り止めのチョークの跡や観客の熱気による気温、湿度の変化まで気にかけ観察を怠らない

1つの課題を4分以内に登り切るボルダリング。選手が各課題を見られるのは開始直前の1分のみだ。「オブザベーション」と呼ばれるわずかな時間でホールドの形状や位置を把握し、手順をイメージする。控室に戻って想像を膨らませ、スタートの合図とともに会場に出て来て登り始める。

まずは登って感触を確かめようとする選手もいる中、渡部は合図が鳴ってもなかなか壁に取り付こうとしない。課題の状態は想像通りか、直前の選手が使った滑り止めのチョークは落ちているか、シューズの摩擦の痕跡が残っていないか――。4分のうち最初の1分をこうした観察に費やすことも珍しくない。

最善の準備、余念無し

「同じ会場でも環境はすぐに変わる。1つの課題を登るため、最善の策を考えて準備し、最高のパフォーマンスがしたいだけ」

そのための思考は、控室で待つ間も止まることはない。見ることはできないが、ライバルたちへの歓声や戻ってきた時の様子などで成否は分かる。「この人がさくっといけた課題なら俺もいけるかなとか。会場の気温や湿度は観客の熱気で変化していないかとか」。必要な情報だけにアンテナを張り巡らせている。

ワールドカップ(W杯)6戦中5戦で決勝に進んでいる今季は「こうしたら勝てるっていうのが積み上がってきている」と手応えを口にする。一方で「全部信用するのは油断と同じ。『勝ち癖』に頼らないメンタルコントロールが必要」とも。慢心せず、いかに自分を律し続けるか。

試合後は「顔の筋肉さえ動かしたくない」というほど強い疲労感が訪れる。真摯に壁に向き合い続ける。そうした姿勢が安定した成績につながっている。

渡部にとって昨年スポーツクライミングが2020年東京五輪の追加競技に決まったことは「全くの想定外」の出来事だった。しかもW杯では単種目で行われているボルダリング、リード、スピードの3つを1人でこなす複合種目として競うという形式になるとは。

日本勢はボルダリングとリードが得意だが、3種目をまんべんなくこなせる選手はいない。東京五輪への採用が決まり、日本協会の強化も緒に就いたばかり。来季以降、苦手なスピードを重点的に鍛える方針だ。

ボルダリングが専門の渡部は「軽々しく五輪を目指すと言うのは無責任だし、今はその気はない」と言い切るが、好成績を維持すれば周囲の期待は高まるだろう。当面の目標は8月のW杯最終戦。「まずはボルダリングを極めたい」とも話す自身の気持ちを揺らすような成果が残せたら……。真剣に五輪を考えるのはその後だ。(敬称略)

〔日本経済新聞夕刊7月26日掲載〕

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