「足元を見れば人間が分かる」 靴磨き世界一に日本人
靴磨き専門店「ブリフトアッシュ」代表 長谷川裕也氏

革靴の手入れに気を使う男性たちが世代を超えて増えている。靴のつま先やかかとをピカピカに仕上げる「鏡面磨き」などの技を紹介する書籍や雑誌も後を絶たない。こうした人気を反映するかのように、英国で5月に開かれた「ワールドチャンピオンシップ・オブ・シューシャイニング(靴磨き世界大会)」で、初めて日本人が世界一に輝いた。大会で優勝した靴磨き専門店「ブリフトアッシュ」(東京・港)の代表、長谷川裕也氏(34)にその極意を聞いた。
――世界大会での競技内容を教えてください。
「スウェーデンの靴情報サイト『シュー・ゲイジング』が主催して開いた大会で、競技参加者はまず、経歴と自分の磨いた靴の写真をインターネットで送ります。最初の選考で英国代表、スウェーデン代表、自分の3人に絞られ、5月の大会では、同じライトブラウン色の靴、同じ靴クリームを使って審査員4人の前で実際に磨いてみせました」
「採点は(1)光沢感(2)色の深み(3)磨いている時の所作――の3ジャンルの総合で決まります。磨き具合は光の反射具合で採点します。ここで一番シャープに光沢を出せたことが優勝につながったようです。あえて色も他の2人より濃く仕上げたことが高得点につながりました」
――靴磨きについての関心が高まっています。ノウハウ本も出ていますがプロとアマの違いは何でしょうか。
「自分も1冊出版していますが、靴磨きは自宅でも熱心にマスターすれば90点まではいきます。ただその先はアマチュアでは難しい。卑近な例ですが、チャーハンはプロがつくってもアマがつくってもチャーハンです。しかし、味は違います」
「一番難しいのは、『鏡面磨き』の最後のパートです。靴の皮革は人間の肌に似ています。どこまで靴の表面を磨き上げるのがベストなのかは、指の感触が教えてくれます。これは言葉では表現しにくいです。素材の革も子牛か成牛かで必要なクリームの量や水の量が違いますが、皆同じ水準に仕上げなければなりません。アマチュアならば自分のお気に入り1足だけ注意すればいいですが」

――カウンター式の靴磨き専門店「ブリフトアッシュ」を2008年に開いて10年目に入りました。
「カウンター越しに顧客と向かい合って靴を磨くサービスは私たちが始めたものです。約40分かけて靴の汚れを落とし、水分とクリームを含ませ、自分の顔が映るまで磨き上げます。基本コースで1足4000円と安くはありませんが、これまで順調に売り上げを伸ばせてきました。女性の靴磨き職人も1人いて、きめ細かい仕事をしてくれています」
「顧客名簿に登録しているのは約1万人。中小企業の経営者が約3割、外資系、金融、広告代理店といった業種の顧客が約4割、靴愛好家の方が約3割です。相手の足元をチェックしている方は自分の靴も大事にしています(笑)。良い靴を長く使いたいというニーズに支えられています」
――ブリフトアッシュ設立までどのような苦労がありましたか。
「高校卒業後は最初に製鉄会社、次に英語教材のセールスをやりました。成績は優秀でしたが(笑)、働き過ぎて体を壊してしまいました。まだ20歳の頃でした。元手ゼロでできる商売として、路上靴磨きをJR東京駅前で始めました」
「最初はテクニックなんて全然ありません(笑)。客になりすましてベテランの技術を盗んだり、東京都の皮革技術センターの研修を受けたりして自分のレベルを上げていきました。中古の靴を使っていろいろな実験もしてみました」
「だんだんと会社経営者などの出張靴磨きなども手掛けるようになりました。そうした常連客と話しているうちにカウンター式の専門店を思いつき、手元資金100万円に公的資金の支援も受けてスタートさせました。顧客は自分でも靴を磨く人が圧倒的に多いです。自宅での参考用に写真などを撮る人もいます」
――自宅で磨く際に注意すべき点は何でしょうか。
「あまり磨きすぎないことです。8~10回履いた後にケアすることをお勧めしています。あまり磨きすぎると革の質感が衰えやすいのです」
――欧米と違って高温多湿な日本では革靴のケアに気を使います。

「靴の大敵は雨です。日本ではゴム底の靴を2~3足は用意しておきたいですね。それでも濡(ぬ)らしてしまったときは、(1)ぬるま湯などで表面を均一に濡らす(2)新聞紙で靴の中の水分を吸い取る(3)日陰で干す――の処置を取りたいですね」
「濡れたままだと表面にむらができてしまいます。新聞紙は2、3回素早く替えてください。丸めて中に押し込んだままだとカビの原因になります。扇風機などに当てながら干せればベストです」
「実は消臭の問題は私もまだ完全に解決できていません。きめ細かく消臭スプレーを使うことはもちろんですが」
――20歳代のビジネスマンが1足購入するにあたって、何かアドバイスするなら。
「靴は履き潰すのではなく10年使う気持ちで購入してほしいですね。『ちょっと高いかな』と思う価格の2倍の靴を目安に。パーツの修理・交換に備えて、甲革や裏革をきちんと縫い付けた高級靴を買えば、長い目で見れば割安になります」
「踏まれたくないから日ごろの所作にも気を付けて自然にきれいな振る舞いができるようにもなります。足元を見ればその人の人間性が分かるというのが持論です。少なくともその人が日ごろ何に優先順位をつけているかは見えてくると思います」
――今後、事業をどのように展開させていきますか。
「これからはシンガポールや香港などへの展開も検討していきたいですね。『足元から革命を』をキャッチフレーズにしていきたいと思っています」
(聞き手は松本治人)
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