またも大型連敗 ヤクルト真中監督は何を学ぶ
編集委員 篠山正幸
ヤクルトの今季2度目の2桁連敗となった黒星街道に22日の阪神戦でやっとピリオドが打たれた。積み上がった借金の山はもはや取り返しのつかないほどの高さ。この試練からせめて、今後の糧になるものを見いだしたいものだが……。
■交流戦でも10連敗
ヤクルトは7月1日の阪神戦から21日の阪神戦まで14連敗。5月30日のオリックス戦から6月10日のロッテ戦まで続いた10連敗に続く、大型連敗となってしまった。
何の救いにもならないが、連敗をしたチームが弱くてダメなチームかというと、あながちそうでもない。
その例がプロ野球ワースト記録として残る18連敗を喫した1998年のロッテ。61勝71敗3引き分けの最下位に終わったが、18連敗があってなお借金は10だ。「もし」ということが許されるならば、18連敗のところを9勝9敗の5分で乗りきっていたらロッテは70勝62敗3分けとなり、70勝61敗4分けで優勝した西武と0.5ゲーム差につけていたことになる。ずいぶん強引な「もし」ではあるが、あの年のロッテは黒木知宏、小宮山悟両投手を軸にした比較的バランスのとれたチームで「決して弱いとは思わなかった」と証言する人が少なくない。

今季のヤクルトのように2度までも大きな連敗に見舞われては弁護の余地もないが、主力級にこれだけ故障者が出ては弱い、強いと論じること自体にもはや意味がなくなってくる。
故障者続出の背景にトレーニングなどの問題はなかったか、2015年の優勝で一服してしまい、強化の手が緩みはしなかったか。その辺はじっくり検証してもらうとして、肝心なのはこの負けを今後にどう生かすか。転んでもただでは起きなかった、とのちのち言われるようでなければ、低迷にもかかわらず、声をからして応援しているファンに申し訳が立たない。
真中満監督がこの失敗を次に生かすことを考えているのは間違いない。優勝した15年も5月に9連敗し、その苦い出来事を消化しながら立て直したという経験がある。
「正直、4、5連敗までは動揺もあった。どうしようかなとか、今後どうなるのかなという不安もあったが、逆に吹っ切れたというか、この5月にとてもいい経験をさせてもらっているな、ととらえられるようになった。この先、2年になるか3年になるかわからないけれど、監督を務めていくうえで必要な試練を与えてくれているんじゃないか、と」
このコメントは昨年、15年の優勝を振り返ってもらったときのもの。就任したばかりの年。2軍で監督の経験は積んでいたものの、初の大役での初っぱなのつまずきに慌てふためいてもおかしくなかった。しかし、ある瞬間から、考え方を切り替えられたという。
この泰然自若としたところに、日経本紙に「悠々球論」を寄稿している野球評論家、権藤博氏も器の大きさを認めている。
権藤氏の理論に「外野出身者名監督説」というのがある。基本的に「やるのは選手」というスタンスの権藤氏はベンチに落ち着きがなく、選手をとっかえひっかえするような野球を好まない。コーチや選手に任せてどっしり構えているべし、という理想の監督像に外野手出身者は最適なのだそうだ。
■大局観を備えた外野出身監督
権藤氏によると外野手は現役時代から、野球を冷めた視点でみるような訓練を、知らず知らずのうちに施されている。外野手はピンチになってもマウンドに集まるわけでもなく、ありがた迷惑なアドバイスを投手に送ってくるわけでもなく、遠くからみているだけ。その分、離れて俯瞰(ふかん)的にみないとわからない点を大づかみにとらえている。内野手出身者より大局観を養えるポジションであることが、監督への適性を生むというのだ。
権藤氏が好例として挙げるのが秋山幸二前ソフトバンク監督であり、広島・緒方孝市監督であり、ヤクルト・真中満監督だった。

どっしりタイプの真中監督だが、さすがに今回の連敗はこたえたか、迷いをうかがわせる場面があった。
12連敗で迎えた19日のDeNA戦の前だった。大胆な打順変更など、動くことを考えているかと問われた監督は「今までは動かない主義できた。動くと泥沼にはまると思っているから。でも動かないといけないのかもしれないし、かといって無理に動いても駄目だし」と語った。「何とかしようというのが空回りして、裏目に出ている。僕ら首脳陣の判断を含めて」とも。苦悩の色がうかがえた。小川泰弘の抑えでの起用が失敗に終わり、まさに泥沼に落ちていたころだ。
こうした経験を今後、どう生かすのか。一昨年と違って、今年の連敗には絶望的なものがあるが、それでも真中監督は15年のように、何かを手にして起き上がるものと期待したい。