イチローはいったい何位? 古い記録、サイトで差異
スポーツライター 丹羽政善
大リーグでは毎試合前、両チームの広報からゲーム・インフォメーション(通称ゲームノート)が配られる。その日、過去に何が起きたか、その日達成されそうな記録、対戦相手との成績はもちろん、こんなに細かいことまで紹介されている。
7月21日(対ヤンキース) マリナーズ ゲームノート
・マリナーズは5月28日以降、46試合で27勝19敗(.587)。勝率は、ドジャース(36勝9敗、.800)、アストロズ(29勝16敗、.644)に続き、ナショナルズ(27勝19敗、.587)と並んで3位タイ。

・ネルソン・クルーズは現在20本塁打。これで9年連続での20本塁打以上となり、2009年以来、連続で20本塁打以上を記録する可能性があるのは、現在11本塁打のブライアン・マキャン(アスロトズ)のみ。
■細かい記録、記事のあちこちに
個人成績まで含めると8ページ程度に及ぶ。また、試合後にはその試合に関連した記録をまとめた「ポスト・ゲームノート」まで配布される。
・ヤンキースは2014年6月10日以降、マリナーズに12勝4敗と大きく勝ち越し、シアトルでは9勝1敗。
・フェリックス・ヘルナンデスが7イニング以上を投げて、1失点以下だったのは118回目。これは彼が2005年にデビューしてからではメジャートップ(2位はドジャースのクレイトン・カーショーの102回)
米国の新聞の野球記事を読んでいると、締め切りまで時間がないはずの試合原稿にさえ細かいデータが出てくるので驚かされるが、その裏にはこうした球団広報の努力があるのだ。そしてそれを楽しむ読者も多いわけで、とにもかくにも、米国人はデータ好きである。
なお、マリナーズノートにおいては過去、イチローが常連だった。彼が持つ主なマリナーズ記録だけでも、ざっとこれだけある。
通算打率(.322)、通算安打(2533)、通算単打(2060)、通算三塁打(79)、通算盗塁(438)、シーズン通算打率(.372)、シーズン通算安打(262)、シーズン通算単打(225)、シーズン通算三塁打(12)、シーズン最多打数(704)
それぞれの記録に近づくと、その都度、関連データが併記される。主要な記録以外にも、先頭打者本塁打の数、○○試合連続安打、○○回盗塁失敗なし――といった情報もゲームノートをにぎわせ、試合前と試合後は、その確認が常だった。
■公式記録と公式サイトで順位が違う
ところで今、イチローの通算安打に関する歴代順位が度々、紙上などをにぎわせているが、単純そうにみえてこれも、広報に確認しながらの作業となる。というのも、通算安打の歴代順位は古い記録の解釈をめぐって、大リーグの公式記録と大リーグ公式サイトの数字さえ異なっているのである。
7月18日、イチローがリッキー・ヘンダーソンの通算安打(3055安打)を更新した。その時、歴代単独23位になったとイチローが所属するマーリンズから発表されたが、大リーグの公式ページ(MLB.com)では単独22位だった。マーリンズに確認すると、「エライアスからデータ提供を受けた」とのこと。エライアスとは、大リーグの公式記録を扱う「エライアス・スポーツ・ビューロー」のことで、公式ページでも本来なら、エライアスのデータが利用されていておかしくないのだが、実はそうではない。

例えば、1897年に引退したキャップ・アンソンという選手の通算安打に関して、エライアスは3081本だが、MLB.comは3011安打としている。この大きな差が、イチローの歴代順位にも影響しているわけだが、理由は1887年の安打数の捉え方にある。この年、大リーグでは四球も安打数に加算した。エライアスは当時のルールを尊重し、アンソンの60四球を加えて同年の安打数を224本としているが、MLB.comでは四球を安打とはみなさず、164安打としているのだ。
残る10本の差についてははっきりしないものの、彼の通算安打に関しては、3435本とする説もあり、高い信頼性を誇る「baseball-reference.com」(以下BR)などが採用している。これはアンソンが1871年から75年までナショナル・アソシエーション(以下NA)というリーグでプレーしており、そこで放った423安打を加えているわけだが、エライアスもMLB.comもNAでの安打数は認めていない。
■「すべての記録は99・9%は正しい」
このアンソンのケースなどはほんの一例で、記録の解釈はサイトによって実に様々だ。例えば、通算安打上位25人に関して、MLB.comとBRを比べるだけでも、かなり食い違いが見つかる。以下、安打数の違う5人を抜粋した。
MLB BR
タイ・カッブ 4191 4189
トリス・スピーカー 3515 3514
ホーナス・ワグナー 3430 3420
エディ・コリンズ 3314 3315
ナップ・ラジョイ 3252 3243
タイ・カッブの2本の差についてはすでに理由が判明していて、1981年4月、歴史家のピート・パルマが、1910年の最終戦でカッブが放ったのは2安打なのに、4安打と記録されていることを発見した。以降、BRなどは4189安打説を採るようになったが、エライアス及びMLB.comは現在に至るまで認めていない。エディ・コリンズの1本の差に関しては、彼のヒットをバック・ウィーバーというチームメートにつけてしまったミスがのちに発見され、3315安打が正しいとされるが、MLB.comはそれを受け入れていない。ナップ・ラジョイは、エライアスの数字を採用する野球殿堂とBRは同じ3243安打だが、MLB.comは3252安打である。彼に関しては、1890年代後半から1900年代前半にかけてほとんどの年で数本の誤差があり、統一は難しいようだ。
そんな様々な違いについて、2005年7月31日付のニューヨーク・タイムズ紙に、野球殿堂の調査ディレクターのこんなコメントが載っていた。
「すべての記録の99.9%は正しいはずだ。しかし、100%ではない」
となると今後も、イチローが誰かの記録を超えるとき、原則としてはエライアスの公式記録がベースになるが、こういった説もある、といった説明も必要になってくるのかもしれない。
余談ながら、エライアスの見解を変えるのは至難の技だそう。前出のニューヨーク・タイムズ紙の記事によると、1977年にある大学生が、ハック・ウィルソンという選手の1930年の打点が190ではなく191であることを発見した。するとエライアスは、過去の記録を3度見直すことと、ウィルソンのチームメート全員の出場記録を調べるようにとのむちゃぶり。結局、大学生の指摘が正しかったのだが、公式記録が変更されるまで22年を要したそうである。