廉価盤CD大手ナクソス30周年のネット戦略

2017/7/25 6:35
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廉価盤クラシック音楽CD大手のナクソス(香港)が今年設立30周年を迎えた。東西冷戦の終結が近づく1987年にドイツ人のクラウス・ハイマン会長が創業し、東欧諸国の知られていない演奏家を多数起用して廉価盤CD事業を成功させた。世界情勢が一変した今、インターネット有料音楽配信事業を収益の柱にした事業展開を加速している。30周年の新戦略をハイマン会長に聞いた。

「我々の強みはユニークな音源を豊富に持っていること。もはや安さに頼る必要はない」。ナクソスがグローバル本社を置く香港から来日したハイマン会長は、「廉価盤CD大手」のイメージが今のナクソスには当たらない点を強調する。

クラシックのストリーミング市場で世界2位

ナクソスの売上高に占めるCDなどパッケージ商品の比率は40%。ネット配信や著作隣接権2次使用料など非パッケージ収入は60%とCDを上回る。中でも、パソコンや携帯端末に情報を保存しないストリーミング技術によるクラシックの有料ネット配信市場では、スウェーデンのスポティファイに次ぐ世界2位を占める。

インタビューに答えるナクソスのクラウス・ハイマン会長(6月、東京都世田谷区のナクソス・ジャパン本社)

インタビューに答えるナクソスのクラウス・ハイマン会長(6月、東京都世田谷区のナクソス・ジャパン本社)

とはいえ、音楽ソフト市場でナクソスが急成長したのはもちろん廉価盤CDの拡販によるものだ。80年代末から90年代にかけて1枚1000円程度の「NAXOS」ロゴ入りのクラシックCDは世界に普及していった。当時メジャーレーベルから発売されるCDは1枚3000円程度。ナクソスの安さが目立つ時代だった。

ナクソス・ジャパン(東京・世田谷)本社でハイマン氏が誇らしげに手にするのは、30枚組の「NAXOS30周年記念ボックスCDセット」。青と白のブランドカラーを基調にした紙箱入りのCD30枚に、これまでのCDの中から選んだ様々な作品が収められている。オープン価格だが、アマゾンのサイトで見ると1セット実勢3300円。1枚当たり110円は確かに今でも際立つ安さだ。30周年記念ボックスセットは廉価盤CD大手としてのナクソスの面目躍如ともいえる。

「創業当初はスロバキアやハンガリーなどの東欧諸国によく行って録音した」とハイマン氏の妻でバイオリニスト、共同創業者の西崎崇子さんは振り返る。ナクソス創業年の87年に発売したCD「ヴィヴァルディ:協奏曲集『四季』/協奏曲ト長調『アラ・ルスティカ』」は、西崎さんのバイオリン独奏、スロバキアの室内オーケストラ「カペラ・イストロポリターナ」によってブラチスラバで録音された。「世界的に知られていない東欧の演奏家たちが中心だったが、レコーディングに懸ける熱意は西側諸国の演奏家にはないすごいものを感じた」と西崎さんは話す。このCDはナクソスレーベルで最大のヒット作となり、ナクソス・ドイツ(ミュンヘン郊外ポイング)は今年、30周年を記念して新装ジャケットでも発売した。

東欧諸国の演奏家を起用し廉価盤CD大手に

東西冷戦後、ハイマン氏が目を付けたのは、東欧諸国やロシアのこうした無名に近い実力派演奏家たちだった。彼らは西側世界の音楽市場に打って出ようという野心をみなぎらせていた。彼らをレコーディングに起用したことで、CD製作のコストを抑え、多様な廉価盤CDを品ぞろえすることができた。

ナクソスのクラウス・ハイマン会長(右)とバイオリニストで共同創業者でもある妻の西崎崇子さん(6月、東京都世田谷区のナクソス・ジャパン本社)

ナクソスのクラウス・ハイマン会長(右)とバイオリニストで共同創業者でもある妻の西崎崇子さん(6月、東京都世田谷区のナクソス・ジャパン本社)

「ナクソスは年約200枚の新譜を発表し続け、現在9000以上のタイトルを持つ。30年間で約2億枚のCDを売った」とハイマン氏は胸を張る。北米や英国、ドイツ、日本、中国、オーストラリアなどに拠点を持ち、世界展開している。

しかし廉価盤CDを巡る状況は一変した。今ではユニバーサルやワーナー、ソニーなど世界大手もこぞってナクソスと同等に安いCDを出している。5~6枚から数十枚組といった多種多様のボックスセットも発売されており、その1枚当たりの価格は数百円というのも当たり前になった。

さらにはCD市場自体の縮小傾向も続いている。日本レコード協会の調べでは過去10年間のCD生産実績は2012年を除き一貫して減り続け、16年は金額ベースで前年比3%減の1748億円、数量ベースでも同5%減の1億5922万枚と低迷している。「30周年記念ボックスセットを出せたのは素晴らしいだが、CDから将来が続くとは思わない」とハイマン氏は断言する。こうした中で彼が収益の柱として重視するのはストリーミング事業だ。

ナクソスレーベルの中で最も売れたヴィヴァルディ「四季」を収めたCD。西崎崇子さんのバイオリン独奏、管弦楽はスロバキアのカペラ・イストロポリターナ、指揮はスティーブン・ガンゼンハウザー氏

ナクソスレーベルの中で最も売れたヴィヴァルディ「四季」を収めたCD。西崎崇子さんのバイオリン独奏、管弦楽はスロバキアのカペラ・イストロポリターナ、指揮はスティーブン・ガンゼンハウザー氏

――ストリーミング事業の見通しは。

「ストリーミング市場全体は今後3~4年で300%増えると予想している。ナクソスの最も重要なビジネスとして強化していく。これに対してCD事業はクラシックに限ればまだかなり需要が安定しているが、あと5年は持つといったところだろう。(著作権侵害の違法配信が問題になったケースもある)ダウンロード市場も縮小傾向にある。やはりストリーミングによる音楽ネット配信が最も伸びていく市場なので、これにどう対応し、豊富な音楽資源を供給していけるかが今後の事業戦略のカギを握る」

――ストリーミング市場でのナクソスの位置付けは。

「ナクソスは1996年にストリーミングによる音楽ネット配信を始めた。レコード会社によるストリーミングウェブサイトとしては前代未聞のことだった。2002年には業界に先駆けて有料のネット配信事業として取り組み始めた。クラシックのストリーミング市場では現在、金額ベースでスポティファイが40%、ナクソスが25%、アップルが15~20%、アマゾンが10%といったところだ。我々を含む世界四大プレーヤーでシェア90%を占める状況にある」

ユニークな旧譜を豊富に持つ強みを生かす

――ストリーミング市場でのナクソスの強みは。

「廉価盤CD事業から培ってきたユニークな旧譜を豊富に持っていることだ。ナクソスは廉価盤レーベルだということで、世界的に有名なオーケストラにはレコーディングを引き受けてもらえなかった。だからハンガリーやスロバキアに行って、やる気満々の演奏家たちを起用して録音してきた。このため我々は大手にはない珍しい演奏家たちによるユニークな曲目の音源をたくさん持つに至った。大手にはできない独特のコンピレーションアルバムを作ることができるし、こうしたナクソス特有の膨大な音源がストリーミング事業でも他社にはない特徴と魅力をアピールするのに役立つ」

ナクソスのインターネット音楽配信サイト「ナクソス・ミュージック・ライブラリー」

ナクソスのインターネット音楽配信サイト「ナクソス・ミュージック・ライブラリー」

――有料ネット配信事業の課題は何か。

「ストリーミング市場の中でのクラシック音楽の比重を高めていくことだ。ナクソスの音源の中核はクラシック。しかしストリーミング市場に占めるクラシックの比率は現在1%しかない。これは少なすぎる。自宅のオーディオ機器ではなく、スマートフォンなどを使ったネット上ではいかにロックやポップスばかりが聴かれているかということだ。ネット上でももっとクラシックを聴いてもらう努力が必要だ。クラシックファンは音質にこだわる傾向が強いが、2~3年内にはスマートフォンでも非常に高音質で音楽を聴けるようになると信じている。ヘッドホンやイヤホンの性能が高まれば、スマートフォンでもストリーミングでクラシックをたくさん聴いてもらえるようになる」

「ナクソスの音源をスポティファイなど他社のストリーミングサイトにも提供していく戦略も重要だ。ほかにはない珍しい楽曲やアーティストの音源を他社にも利用してもらい、ユーザーに聴かせていくやり方だ。スポティファイやアップル、アマゾンとも協力し連携しながら、ストリーミングによるクラシック音楽の需要を開拓していく必要がある」

一代で世界規模の音楽ソフト企業を興し成長させたハイマン氏は、立志伝中の人物として注目を集めている。東北新社が運営するクラシック専門チャンネルのクラシカ・ジャパン(東京・港)は、ハイマン氏の経営者としての30年間を扱った番組を8月5日に放送するほどだ。個人的な音楽の趣味が高じて大きな事業に育ったという意味では、廉価で巨大な音楽祭「ラ・フォル・ジュルネ」を日本を含め世界展開する創設者で芸術監督のフランス人ルネ・マルタン氏にも似ている。しかしハイマン氏の立志伝でナクソスを締めくくるのはまだ早い。ストリーミング市場を主戦場に変え、大手と張り合うナクソスの世界戦略は続く。

(映像報道部シニア・エディター 池上輝彦)

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