2019年7月22日(月)

自殺遺伝子で副作用ストップ がん治療・解体新書 第2部(6)

2017/7/26 6:30
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今年5月、第一三共にバッドニュースが舞い込んだ。同社が日本で開発しようとしている米カイト・ファーマ社(カリフォルニア州)のCAR-Tを使った血液がんの患者の臨床試験で、脳浮腫の副作用が発生したというのだ。脳が水分で膨張する症状で、患者は死亡してしまった。

■患者死亡で臨床試験中止

自殺遺伝子をT細胞に組み込む研究をする東大医科学研の安藤美樹・非常勤講師

自殺遺伝子をT細胞に組み込む研究をする東大医科学研の安藤美樹・非常勤講師

「カイトのCAR-Tは他社に比べて安全とされていた。死亡例が出たのはマイナス要素だ」と第一三共研究開発本部長の古賀淳一氏。90%というCAR-T治療の高い奏効率に着目、カイト社と二人三脚で研究開発に乗り出した直後だっただけにダメージは決して小さくない。

CAR-Tの臨床試験で患者に脳浮腫の症状が現れたのはカイトが初めてではない。米ジュノ・セラピューティクスの血液がん向けCAR-T「JCAR015」を使った臨床試験でも昨年以降、死亡例が立て続けに発生、38人中5人が死亡した。これも原因は脳浮腫だった。事態を重く見た米政府は臨床試験の中止を命じた。

これまでにもCAR-Tの臨床試験では患者が頭痛や意識障害など中枢神経の副作用を疑わせる症状を訴えるケースが相次いでいた。患者が死亡する事態が発生したことで米政府も腰を上げざるを得なかった。

ただ、これでCAR-Tが従来型抗がん剤に比べてただちに危険な治療であることが証明されたわけではない。CAR-Tの臨床試験は世界各国で行われており「CAR-Tで死亡する確率は脳浮腫を含めてトータルでは1%程度」(東京大学医科学研究所教授の小澤敬也氏)。

大切なのはこの1%をどうつぶすかだ。

CAR-T投与によりなぜ脳浮腫が発生するのか。「その原因は分かっていない」(小澤氏)が、やりようはある。

脳に水がたまる脳浮腫はCAR-Tの投与によって脳に炎症が発生している可能性が高い。これがCAR-Tによるものか、別の細胞によるものか、直接的な原因は分からない。ただ、言えるのは副作用が発生したらただちにCAR-Tを体から消去してしまうことは最も有望な対処方法だ。

仮にCAR-Tが脳を攻撃し、これが炎症の原因となっているなら、CAR-Tを消してしまえば炎症は治まる。水がたまることによる膨張も抑制できる。

そんな視点から注目をされているのが東京大学医科学研究所の安藤美樹・非常勤講師の研究。暴走し始めたらCAR-Tを消去できる自殺遺伝子をT細胞にあらかじめ組み込んでおくのだ。

やりようはこうだ。

CAR-Tは遺伝子操作の技術を使い、T細胞が抗体の「可変部」に備わるがん探知レーダー機能を持つよう設計する。この時、あるスイッチを押すとT細胞が自殺(アポトーシス)するようもう1つの遺伝子操作を行っておく。

そのスイッチとはCIDという化合物でつくった薬の服用。CAR-TがCIDに触れると自殺遺伝子が起動するよう設計されている。予期しない副作用が起きた場合は薬を飲めばそれがスイッチとなり、CAR-Tの暴走が止まる。

■正常細胞の誤爆防止も

ただ、実は安藤氏は自殺遺伝子をCAR-Tではない別のT細胞療法で活用しようと考えていた。しかし「CAR-Tの研究者から問い合わせが非常に多いことからCAR-Tへの応用にも積極的に協力していく」(安藤氏)ことにしている。

自殺遺伝子の他にも、副作用を予防するためのアイデアはある。

例えば正常細胞を誤爆させないために、正常細胞を認識したら攻撃停止の指示を送るCARをCAR-Tに追加する。特定の薬を飲んでから体外に排出されるまでの間だけCAR-Tが働くよう、CARを設計する方法もある。様々な手段が開発されていく見込みだ。

CAR-Tの副作用問題は今回が初めてではない。

CAR-Tの臨床試験が始まった2010年ごろ、研究者たちを最も悩ませたのは「サイトカイン放出症候群(CRS)」だった。投与したCAR-Tががんと結合して攻撃を加える際、サイトカインという炎症関連物質を放出する。

サイトカインはCAR-Tががんを倒すための武器の1つでがんを攻撃するのは当然だが、やっかいなことに他の正常組織を攻撃するなど悪影響を与えてしまう。

CAR-Tを投与してからCRSが発症するまでに数時間から2週間かかる。症状は発熱や低血圧、呼吸不全などが代表的だが、重症の場合は人工呼吸器装着も必要になる。CAR-Tの国内開発を進めるノバルティスファーマの弦巻好恵・開発本部マネージャーは、「これまでの海外の使用実績からすると、小児急性リンパ性白血病の患者の9割でCRSが起きる」という。

CRSでは死亡例も出ていた。この難題に解決策をもたらしたのは、実は日本の研究だ。

CRSの主な原因サイトカインは、インターロイキン―6(IL-6)であることが分かった。その瞬間、CAR-Tの研究者たちの脳裏に浮かんだのが、中外製薬の抗リウマチ薬「アクテムラ」だった。

IL-6は80年代に大阪大学のグループが発見。これを無効化する薬の開発を中外製薬が進め、05年にアクテムラとして世に出していた。アクテムラはIL-6に先回りして結合先を塞ぐ作用がある。

CRSの患者に投与したところ、症状は大幅に改善した。現在はアクテムラが、CRSの第一選択の薬となっている。

CAR-Tといえど万能ではない。薬である以上、副作用はある。その副作用を抑え、人の健康を守る味方にどうつけていくのか、正念場はしばらく続く。

(企業報道部・野村和博、大阪経済部・高田倫志、前野雅弥)=この項おわり

〔日経産業新聞 7月17日付〕

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