2019年7月18日(木)

京大iPS細胞、がん免疫療法の切り札に がん治療・解体新書 第2部(5)

2017/7/25 6:30
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京都市の京阪電気鉄道神宮丸太町駅から徒歩3分。京都大学の敷地内でもひときわ新しい研究所が目に入る。名称は京大iPS細胞研究所。略してCiRA(サイラ)とも呼ばれる。iPS細胞と言えば再生医療。しかし、今注目される理由はそれだけではない。次世代の有力な免疫療法「CAR-T」治療を普及させる切り札なのだ。iPS細胞を使ってCAR-T治療に欠かせないT細胞を安くつくり、品質を安定させる――。そんな取り組みが動き出している。

■T細胞を安くつくり、品質安定化

陣頭指揮をとるのはCiRAの臨床用iPS細胞調製施設長も務める金子新准教授だ。今や全国の学会や講演会に引っ張りだこ。日本の医療研究の司令塔である日本医療研究開発機構(AMED)の「革新的がん医療実用化研究事業」に採択された。

金子准教授らが進めるCAR-T細胞の研究の具体的中身はこうだ。(1)まず血液細胞を使ってiPS細胞を作製する(2)このiPS細胞にキメラ抗原受容体(CAR)を導入する(3)CARの入ったiPS細胞をT細胞に分化させる(4)患者の体内に戻す――という流れだ。

うまくいけば世界的な快挙。臨床的にも科学的にも大きな意味を持つ。これまでCAR-T治療で使うT細胞は患者自身の血液から取り出していた。いわゆる「自家」と呼ばれる手法で同じ品質のCAR-T細胞を大量に作製することは技術的に非常に難しく、コストも高い。

しかし、iPS細胞なら1回の採血で大量生産が可能だ。必要な時に必要な分のCAR-T細胞をつくれる。しかも細胞が若返る分、増殖力も格段に高まる。

iPS細胞から作製したT細胞(京大・金子研提供)

iPS細胞から作製したT細胞(京大・金子研提供)

CAR-T細胞が安定的に大量生産が可能になれば患者本人の細胞を使う「自家」と健康な第三者の細胞を使う「他家」を上手に組み合わせ、CAR-T治療の領域を広げられる。

もう一つ大きいのは免疫の研究に役立つことだ。抗PD-1抗体「オプジーボ」に代表される免疫療法は今やがん治療の主役だが、CAR-T細胞を投与した後の免疫反応も個人によって違いがあり、解明されていない点も多い。

品質の均一なiPS細胞由来のCAR-Tを大量にストックしておければ、評価の難しい未知の反応についても「一定の条件で評価することが可能になる。つまりそのメカニズムを解明できる可能性がある」(金子准教授)という。

課題はCAR遺伝子を持ったiPS細胞からT細胞へと分化させる方法だ。この分化誘導技術が非常に煩雑で難しいという。しかし「動物実験ではがん治療効果も出ているので、技術的には可能。実現できれば患者に対する効果と安全性はより高まる可能性がある」(金子准教授)と期待を寄せている。

■小野薬品も低コスト化模索

マウスの左背中に植えたがん細胞に、尻尾の静脈から投与したiPS細胞由来のT細胞が集まって攻撃している(左はイメージイラスト、右は生体内イメージング)=京大・金子新研究室提供

マウスの左背中に植えたがん細胞に、尻尾の静脈から投与したiPS細胞由来のT細胞が集まって攻撃している(左はイメージイラスト、右は生体内イメージング)=京大・金子新研究室提供

昨年7月、1本の企業ニュースが大きな話題を呼んだ。がん免疫薬「オプジーボ」の開発に成功した小野薬品工業がCAR-T細胞を使った新たながん免疫薬の開発を始めると発表したからだ。

内容は他社が開発した治療薬候補の商業化権を取得するというもの。話題を呼んだ理由は、その取得したCAR-T細胞技術の内容だ。

契約一時金で12億5千万円、開発の進捗状況や目標達成などの節目に支払う金額は総額で最大300億円。売上高に応じた支払いロイヤルティーの料率は2桁という。

相手先はベルギーのバイオベンチャーのセリアド社。設立は2007年。若いベンチャーに巨額のライセンス料を設定したのは期待値の高さの裏返しだ。

その期待値こそ固形がん治療への可能性だ。従来のCAR-T細胞療法の有効性が白血病や多発性骨髄腫といった血液がんに限られたのに対し、セリアド社のCAR-T細胞は固形がん、つまり血液がん以外にも有効性を持つ可能性がある。

それだけではない。セリアド社の場合、患者本人の血液から採取したT細胞を使う「自家」手法ではなく、健康な人の第三者の血液を原料として作製する手法を採用しているのだ。いわゆる「他家」と呼ばれるCAR-T細胞技術だ。

CAR-T細胞の最大の欠点はその治療価格。一人あたり5000万円以上との見方もあり、コストの切り下げが問題だった。

従来のCAR-T細胞は、まず患者本人から採血しT細胞を取り出し、そこに遺伝子操作技術でCARを入れて培養する。1回の治療にあたり短くても2週間から3週間かかる。患者の容体が安定している時であればいいが、急激に悪化している状況であればこの2~3週間という「待ち時間」は命取りとなる。

他家であれば凍結したCAR-Tを輸送して、必要な時に解凍して使用することも可能だ。小野薬品の相良暁社長が「セリアドと革新的な製品候補で提携できたことは大変喜ばしいことだ」と話す。

小野薬品はオプジーボの販売で国内から「高すぎる」「もうけすぎる」と批判を受けた。それだけに、医薬品のコストには敏感だ。オプジーボは当初、患者数の希少疾患メラノーマというがん治療薬として承認を受けた。

相良社長は「最も治験の成績が良く、患者ニーズも高い希少疾患の治療薬として開発したが、多くの人に薬価をつり上げたと誤解を受けた」と話す。薬の価格でいらぬ誤解を受けただけに、コストを抑えられるCAR-T細胞療法に対する期待値は強い。

ただ最大のメリットは、いまやがん治療の主役に躍り出たがん免疫療法の新たな選択肢を用意できることにある。小野薬品はオプジーボのほか、米ブリストル・マイヤーズスクイブ(BMS)が開発した免疫薬「ヤーボイ」の共同販売権を国内で持っている。

ほかにもオプジーボと同じくがん細胞の免疫抑制機能を解除する治療薬候補の治験も進めている。

(企業報道部・野村和博、大阪経済部・高田倫志、前野雅弥)

〔日経産業新聞 7月14日付〕

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