臓器内でがん細胞の索敵助ける友軍 がん治療解体新書 第2部(3)

2017/7/21 6:30
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完全寛解率90%。CAR-T治療の衝撃の実力だ。だが、その数字は急性リンパ性白血病など一部の血液がんを対象にした場合。まだまだ不治の病を制したと言える状況にはない。肺がんや大腸がんなど患者数の多い固形がんに何とかその適用範囲を広げられないか――。新たな挑戦が始まっている。

■応援団、T細胞が自ら作製

石崎はCAR-Tを使った固形がんの治療薬開発を目指す(東京・中央、本社)

石崎はCAR-Tを使った固形がんの治療薬開発を目指す(東京・中央、本社)

固形がんに対するCAR-Tの奏功率は現状で1割程度にすぎない。そもそもなぜ、CAR-T治療は固形がんに歯が立たないのか。理由は固形がんががん細胞と正常細胞と混ざり合って出来ているからだ。正常細胞のなかにひっそりとがん細胞が紛れこんでいるため、なかなか見つけにくい。これが大きな理由だ。

それでもいつまでもがんに負けてはいられない。東京・中央区銀座。日本のがん研究の権威、国立がんセンターの裏手でその固形がんに挑むベンチャー企業が動き始めた。ノイルイミューン・バイオテックだ。

代表取締役社長を務める石崎秀信氏によると「現在世界で行われているCAR-Tの臨床試験のうち、固形がん向けの試験は約4割を占めるまでになっている」。ノイルイミューンがその4割に猛烈な勢いで続こうとしている企業の1つであることは間違いない。

固形がん制圧を狙いノイルイミューンが使うのが「細胞機能調節型CAR-T」という技術だ。山口大学医学部の玉田耕治教授が開発した技術で、「インターロイキン」、「ケモカイン」と呼ばれる人の体にもともと存在する生理活性物質を使う。

インターロイキンなど生理活性物質の仕事は2つある。CAR-T細胞を刺激して増やすことと樹状細胞に作用して活性化させること。樹状細胞はT細胞のがん検出力を高める役割を担うため、樹状細胞の働きが活発になればその分、がんを見つけやすくなる。

つまりインターロイキン、ケモカインの役割は免疫細胞の応援。ノイルイミューンが目指すのはこの応援団をT細胞自身につくらせるやり方だ。T細胞に抗体の可変部型のレーダーを形成するよう遺伝子操作する際、一緒にインターロイキンなど応援団となる物質の遺伝子を組み込んでおき、それを量産するようインプットしておくのだ。

現在、この技術は動物実験レベルの段階だ。しかし、実験データは着実に積み上がりつつ、石崎氏は「2019年の秋には臨床試験まで進めたい」と話す。

メラノーマ(悪性黒色腫)や滑膜肉腫といった固形がんを撃退する免疫療法に道をつけつつあるグループもいる。タカラバイオや三重大学、国立がん研究センター中央病院などのグループだ。

メラノーマ、滑膜肉腫など固形がんの一部には「NY-ESO-1」と呼ばれるたんぱく質(ペプチド)を表面に発現させる習性がある。これはがんに侵されていない正常細胞ではみられることのない目印だ。

裏を返せばNY-ESO-1さえ見つけ、免疫の兵隊であるT細胞に攻撃させればがんは消失させられる。グループはTCR-T治療でNY-ESO-1を検出する研究を進めている。RNA(核酸)干渉を使ってT細胞が形成するレーダーの感度を高め、NY-ESO-1を捕捉させるのだ。

■希少がんも攻略めざす

すでに6月下旬、千葉市で開催された日本がん免疫学会ではTCR-T臨床試験の成果について「固形がんで効く可能性がきちんと示された」(国立がん研究センター中央病院の北野滋久氏)との発表がなされた。

メラノーマや滑膜肉腫などの固形がんの治療を行ったところ、投与量を多く設定した3人のうち、2人に腫瘍が小さくなる現象が見られたという。

滑膜肉腫は年間100人程度しか発生しない希少がんだが「希少がんで承認を得られれば、他の固形がんへの適応は早いはず」とタカラバイオの仲尾功一社長。単独で固形がんに対する臨床試験も開始しており、3年後の20年には厚生労働省の承認取得を目指す。

TCR-Tを使った固形がん治療では海外が一歩、先を行く。英製薬大手のグラクソ・スミスクライン(GSK)が英アダプティミューン社と提携、研究に着手している。

アダプティミューンはベンチャー企業ながら11年から、滑膜肉腫や卵巣がん、非小細胞肺がんなど固形がんですでに臨床試験を実施している。GSKとの連携で研究スピードは一段と上がる見通しだが、日本勢も必死にその背中を追っている状況だ。

■T細胞を前線に誘導

免疫の強力な兵隊、T細胞をそのままがんと対決させ、撃退する試みも始まった。CAR-Tにしろ、TCR-Tにしろ、遺伝子操作によりT細胞にレーダーをとりつけ、がん検出力を引き上げたうえでT細胞にがんを撃退させる。しかし、T細胞とがんを引き合わせる抗体をつくったらどうか。抗体にT細胞とがんの間を「取り持たせる」アイデアだ。

いわば「死の仲人役」。中外製薬が現在、研究を進めている「ERY974」だ。「バイスペシフィック抗体」という特殊な抗体を使い、T細胞とがんを引き合わせる。

バイスペシフィック抗体のユニークな点は2種類のたんぱく質を認識できることだ。通常の抗体は1種類のたんぱく質(ペプチド)しか認識できない。しかし、バイスペシフィック抗体は固形がんの表面に出現したたんぱく質とT細胞に出ているたんぱく質を同時に認識できる。

16年から米国でスタートした第1相治験を19年末まで行う。「GPC3」というたんぱく質を表面に出す肝がんなどの固形がんを使って、安全性や有効性を確認する。うまく行けば、細胞を使わないためCAR-Tよりも簡単な治療が可能になる。

また、武田薬品工業が1月に提携した米マーベリック社も、複数種類の異物を認識する抗体を作成する技術を持つ。武田は詳細を明かさないが、中外製薬と同様に抗体を媒介としてがん細胞にT細胞を引き合わせ、撃退する治療法を研究するものと見られる。

(企業報道部・野村和博、大阪経済部・高田倫志、前野雅弥)

〔日経産業新聞 7月12日付〕

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