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英国バレエに新たな息吹 タマラ・ロホさん

英国でいま最も注目を浴びているバレエ団、イングリッシュ・ナショナル・バレエが7月、16年ぶりに来日した。1950年に創設されたロンドン第二のバレエ団として親しまれてきたが、5年前に世界最高峰の英国ロイヤルバレエ団のスターだったタマラ・ロホさんを芸術監督に迎えて以来、ユニークで独創的な舞台をつくりあげ世界の注目を集めている。ロホさんに世界を魅了する舞台の作り方を聞いた。

古典バレエの新しい見せ方に挑戦

今回の来日で披露するのは古典作品の「コッペリア」と「海賊」だ。このうち「海賊」はロホさんが芸術監督に就任して最初に指揮した作品で、英国のバレエ団としては初めて全幕を上演。2016年のパリ・オペラ座での公演も絶賛され、世界から注目を集めるきっかけになった作品だ。

ロホさんはこの作品を通じて、古典バレエの新しい見せ方に挑戦した。「観客に夢の世界にどっぷりつかって、楽しんでもらうにはどうしたらいいのか。1番大切にしたのは、物語がわかりやすく、感情移入しやすい演出だ」。物語を前面に打ち出し、時系列に展開するよう並べ替えた。登場人物は群舞でも一人ひとりに役割と意味を持たせた。

イングリッシュ・ナショナル・バレエの芸術監督を務めるタマラ・ロホさん(7月6日、東京文化会館)

見た目にもこだわった。「バットマン」など数々のハリウッド映画の衣装デザイナーを務めてきたボブ・リングウッド氏に、東洋風の衣装や舞台美術の制作を依頼した。「映画の見せ方を取り入れるだけでなく、作品の時代背景を正確に表現したかった。『海賊』の舞台であるトルコの本物の装束や織物を取り入れることで、舞台全体の深みが増していると思う」

それだけではない。バレエでは物語を伝えるのに、言葉の代わりにパントマイムを使う。ただ、バレエ独特の表現もあり、作品によってはあらすじなど事前に知っておかないとわかりにくいものもあるのは事実だ。そこで「ジェスチャーを全て見直し、不要なものは取り除き、必要なものは誰もが日ごろ使うような動作に置き換えた」。例えば数をかぞえる場面は「指を使ってかぞえる。ちょっとした工夫でも、演技を自然にみせ、観客を物語に引き込むことにつながる」とロホさんは言う。

古典バレエの新しい演出にとことんこだわったのはなぜなのか。

本物の感情と演技への自然な姿勢を追求

今年で67年を迎えるイングリッシュ・ナショナル・バレエは、比較的歴史の浅いバレエ団だ。世界最高峰の英国ロイヤルバレエ団も同じロンドンを拠点にするほか、地方の有力バレエ団も少なくない。ロホさんが5年前に芸術監督のオファーを受けた時は、厳しい経営状態にさらされていた。

16年ぶり来日公演の演目の1つ「コッペリア」のリハーサルで踊るタマラ・ロホさん(7月7日、東京文化会館)

「当時、イングリッシュ・ナショナル・バレエは客が呼べず、国からの支援金も打ち切られかねない事態に直面していた。芸術監督としてファンを取り戻し、劇場を満席にし、メディアにも取り上げられるようにするために、トップダンサーとしての立場を生かせると考え引き受けた」

40代の今も主役を踊るロホさんは、トップダンサーと芸術監督を兼ねる。「仕事は増えたが、芸術監督の役割は新鮮で面白い」と言う。「ダンサーとしてキャリアを積んできた今、こういう舞台が作りたいというイメージがはっきりある。それを実現するために自らも踊る、ある意味なんでも表現できる自由度が魅力だ」

つくりたい舞台のイメージがあるだけに、指揮するダンサーたちへの要求も高い。「伝統があるとはいえ、型にはまったような演技では観客も興ざめするはずだ。バレエでは喜怒哀楽の表情を見せていても、ダンサーがその気持ちになりきっていない時がある。美しくステップを踏めるだけでは不十分だ。心動かす演技に必要なのは本物の感情であり、演技に対する自然でウソのない姿勢だ」

「海賊」でも主役級のアリ役を演じるセザール・コラレスさんに、ロホさんの指導について尋ねると、「自分の感情を踊りを通じて自由に表現できるのは、とても楽しい。もちろん時間とともに積み上がってきた技術や伝統には敬意を払うが、その中でどこまで自分を表現できるかが見せどころだ」と話してくれた。

イングリッシュ・ナショナル・バレエの来日公演で主役級を演じるセザール・コラレスさん(7月6日、東京文化会館)

日本の歌舞伎から得たヒントもあったという。「初めて見た歌舞伎は、シェークスピアの作品を上演していた。伝統を失うことなく、新しい表現に挑戦する姿勢には、これだ、と思わされた。伝統も歴史もあるバレエ作品を変えるのは簡単なことではないし、なかなかわかってもらえない。ただ、演出次第でバレエという芸術の可能性はもっと広げられると私は信じている。新しいこと、違ったアプローチを試みたところで、バレエそのものがなくなることはない。自信を持って、もっといろいろ挑戦することこそ、バレエの継続につながると思う」。

こう語るロホさんの、新しい表現を模索する原動力はどこから生まれるのか。

客観的に見る目と良いものを取り入れる姿勢

「自分自身はバレエの伝統が浅いスペインの出身で、他国の伝統を学ぶことで、何事も客観的に見る目と良いものは積極的に取り入れようという姿勢が身についたのだと思う」と分析する。バレエ団のメンバーも、多様な国の出身者が顔をそろえる。国籍の数は、実に21にのぼるという。「組織の多文化、多民族が強みになる。物事にはいろいろな見方、とらえ方があって、監督としては一人ひとりの背景にある歴史や価値観を学びながらやる気を引き出していかなくてはならない。まさに拠点をおく、ロンドンの多民族社会を反映しているともいえる。芸術や文化にまつわる活動は、その場所に根ざし、そこで生活する人たちと密接にかかわっていかなければ、継続できない。見に来てくれる子どもたちが、ダンサーになりたい、このバレエ団を目指したいと思ってくれるような舞台をつくりあげなければならないと思う」

バレエの本質を深く理解し、伝統を守りたいからこそ新しい表現に挑戦する、ロホさんの言葉は、存続の道を模索する日本の伝統芸能はもちろんのこと、企業の経営にすら通じるように聞こえた。

東京文化会館(東京・上野公園)で「海賊」の公演初日を終えた7月14日夜。舞台は客席からスタンディングオベーションを受ける大成功を収めたが、それだけでは終わらなかった。幕が下りると主役の海賊の恋人を演じたロホさんは華やかなチュチュから一転、長い黒のドレスに着替え、芸術監督として再び舞台に登場した。そして「バレエを愛し、ダンサーの真の価値を理解してくれる日本の皆さんの前で伝えたい」と前置きした上で、セザール・コラレスさんのプリンシパルへの昇格を発表した。プリンシパルはバレエ団の最高位に次ぐ階級で、20歳のコラレスさんはスピード昇格といえる。

コラレスさんは昇格について「踊ることに自分の全てをそそいできたので、夢のようだ。早く昇格できたことで、失敗を恐れず、より多くの役に挑戦できるよう一層技術を磨きたい。初めて訪れた東京でこれほど嬉しい出来事があり、一生記憶に残る場所になった」と話していた。

(映像報道部 槍田真希子)

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