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ラクロス女子・山田幸代、豪州代表で狙う世界の頂点

英国で12日に開幕するラクロスの女子ワールドカップ(W杯)に、オーストラリア代表として出場する日本人選手がいる。山田幸代、34歳。日本初のプロラクロスプレーヤーでもある先駆者は、苦節約10年、代表の座をようやくつかみ取った。夢は日本がW杯で金メダルを取り、ラクロスに憧れる子どもが増えること。まずはオーストラリアのユニホームで世界一を目指し、いずれその経験を日本に還元していくつもりだ。

オーストラリアでプレーする山田(中央)=本人提供

直近の5年のうち、2年以上同じ国や地域でプレーしていれば、ラクロスは出身地以外でも代表になることができる。2008年からオーストラリアのチームに所属する山田は昨年末、選考を勝ち抜き、世界ランキング3位の強豪国の代表に選ばれた。

滋賀県近江八幡市出身。高校までバスケットボールをしていたが、京都産業大入学後にラクロスに出合うと、すぐのめり込んだ。「今までどのスポーツも得意だったけれど、ラクロスは全然できなくて。それが面白かった」。大学2年ではやくも日本代表入り。卒業後も社会人チームに所属し、競技を続けた。

子どもが憧れるスポーツに

「こんなに面白いのに、どうしてみんな知らんのやろ? もっと広めていかんと」。ラクロス普及に人一倍の情熱をささげた。自ら役所や企業に営業をかけ、練習会を企画。「いつか、『ラクロス選手になりたい』と子どもに言ってもらえるスポーツにしたい。その一心でした」と山田は笑う。

07年、スポーツショップ「ギャラリー2」を展開する横浜黒川スポーツ(横浜市)の後押しのもと、日本初のプロラクロスプレーヤー宣言。その後拠点をオーストラリアに移し、09年に転機が訪れる。けがで日本代表から漏れ、W杯をテレビ観戦。画面の向こう側にいる母国の仲間たちのプレーを見て、そのつたなさにがくぜんとした。「全然世界のトップレベルに対応した戦い方をしていなかった。指揮官も選手も世界を知らない。経験のなさが如実に表れていた」

W杯でトップの国の代表として金メダルを取り、いつか指導者になって日本にそのノウハウを持ち帰ることができたら――。山田の心に、そんな思いが芽生えるようになった。所属チームのあるオーストラリアはW杯で2度優勝経験のある強豪。「この国の代表でいろんな経験ができたら……」。迷いや不安もあったが、目標達成のために挑戦を決意した。

だが、代表への道は遠く、かなり険しいものだった。「語学が一番悔しくて、どうにもならない部分があった」。文化、人種の違いに直面し、チームメートに相手にされないことも数多くあった。

1回目の挑戦となった13年W杯代表は最終選考で落選した。理由を監督に尋ねると、はっきりと「ランゲージバリアー(語学の壁)が原因」と言われた。「私のほうがちょっとレベルが高くても、『監督の話をすぐに理解できないんであれば、オーストラリアの若い選手のほうによい印象を持つ。だったらそっちを連れていくよね』って。自分でも不安に思っていたところを突きつけられた」

日本でトレーニングに励む山田

山田の闘争心に火がついた。英語の勉強はもちろん、オーストラリアのラクロス協会、チームのために何ができるかを必死で考えるようになった。全ては「オーストラリアのためにかける情熱を示し、信頼を勝ち取る」ため。コーチ業などを積極的に請け負ううちに、「サチ、今はこう言いたいんでしょ」と監督やチームメートに理解してもらえる場面も増えた。

1対1の個の強さ磨き続ける

コミュニケーションが取れるようになると、技術的なウイークポイントにも気付かされた。「監督が日本のプレーを見て『日本人はアンダープレッシャー(競った場面での忍耐力)が弱いよね』と言ったときがあって。ああ、私もそこが弱いなってわかった」。4年という時間をかけて、1対1の個の強さを磨き続けた。

こうしていくつもの壁を乗り越え、悲願の代表入りを果たした山田。ルール上、もう二度と日本代表に戻ることはできない。それでも「オーストラリア代表として大舞台に立つのがとにかく楽しみ。ライバルの米国に対してどう戦うか、そればかり考えている」と笑う。

ラクロスに出合って16年、夢は広がるばかりだ。「W杯が終わったら、次の世代のために日本から世界のプロとして活躍できる場所づくりをしたい」。24年、28年のいずれかでロサンゼルスでの夏季五輪開催が決まれば、五輪種目入りも期待されている。「いつかは日本代表の監督として、五輪の舞台に立てたら」

オーストラリア代表という快挙も、山田にとってはまだ通過点にすぎない。「ラクロスを子どもが憧れるスポーツに」。原点にして最終目標を達成するその日まで、全力で駆け抜ける。

(堀部遥)

 ラクロス 先端に網のついたスティックで直径6センチのゴムボールを奪い合い、得点を争う。北米先住民の儀式が発祥とされ、五輪では1904年のセントルイス大会、08年のロンドン大会で正式種目だった。男子は1チーム10人、女子は12人で戦う。

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