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100キロ連戦で味わった人生最長の走行時間

編集委員 吉田誠一

頑張っていないわけではないけれど、その頑張りが中途半端で、結局、頑張っていないのと同じようなものではないかという反省もあって、私はこの夏、100キロマラソンの連戦を自分に課した。

6月11日のいわて銀河100kmチャレンジマラソン(岩手)は冷雨の中の闘いになり、11時間31分26秒を要してゴールした。下り坂で膝を痛め、連戦を断念する理由ができたと一時はホッとしたが、あっさり膝の痛みは消え、もう一戦せざるをえなくなった。いや、喜んで連戦に挑むことにした。

日光杉並木の森閑とした中に身を置くと気持ちが引き締まった

第2戦は7月2日の日光100kmウルトラマラソン(栃木)。2つの大会の間隔はわずか3週間で、しかも、その間にサッカーのコンフェデレーションズカップの取材のための2週間のロシア出張があった。

日本からロシアに足を運ぶと、暦を3カ月戻したような感じで、最低気温は10度前後の日があり、最高気温もほとんど20度に達しなかった。平均すると13~16度で過ごした。

湿度以上に苦しんだ時差

そのロシアからフィンランドを経由して梅雨の日本に戻ったのが、大会の3日前の6月29日。もちろん、気温、湿度の差が私の体をいじめたが、それ以上に困ったのは時差だった。

取材で巡ったモスクワ、サンクトペテルブルク、ソチ、カザニと日本の時差は6時間。それだけなら大したことはない。

ウルトラマラソンのスタート時間は早い。日光100kmのスタートは午前4時半。モスクワ時間では午後10時半ということになる。

起床をスタートの3時間前の午前1時半としたが、それはモスクワ時間の午後7時半。考えただけで憂鬱になった。午後7時半に起きて、午後10時半から半日も走るということ?

帰国が大会間近なので体を順応させる時間はなかった。体内時計をひっくり返したような状態で、私の脳と体は訳がわからなくなっていたのではないかと思う。その影響がどの程度あったのかは計れない。

救いは大会当日の気温がさほど上がらなかったことだ。今市運動公園をスタートした午前4時半の気温は18度ほどだった。一度、降った雨もあがり、ストレスを抱えずに走り始めた。

日光市街を抜け、二荒山神社などを巡って走った

スタートして間もなく、日光杉並木の森閑とした中に身を置くと気持ちが引き締まった。日光市街を抜け、東照宮、二荒山神社、輪王寺の敷地内を巡り、まずは中禅寺湖畔を目指して走る。

スタートから29キロまでは上り基調で標高差は1300メートルだという。しかも、いろは坂を上らなければならない。

しかし、このいろは坂を自分の足で上り下りできるというのが、この大会の最大の魅力であり、1600人を超える参加者(エントリーは1800人)を引きつけたのだと思う。

20キロ手前からいよいよいろは坂に入る。上りは第二いろは坂、下りが第一いろは坂で、合わせて48のヘアピンカーブがある。

腰を落とさないように気をつけながら、第二いろは坂をゆっくりと上る。どこまでいっても坂が続く。しつこいぞ、いろは坂。しかし、どういうわけか意外に爽快感がある。眼下の絶景をのぞき、こんなに上ってきたのかという感慨を味わう。

もちろん、脚筋にかなりの負担がかかっている。レースの序盤だというのに大丈夫なのだろうか。先のことを考えると怖くなる。

29キロ地点まで行ってしまえば、この過酷な状況から脱することができるという希望を胸に粘った。ついに上り切り、長いトンネルをくぐって中禅寺湖畔に出た。

腰を落とさないように気をつけながらいろは坂を上った

標高差が日光市街との気温差となって表れ、しかも風がかなり強く、体が冷えた。中禅寺湖の水が波打っている。

そして、34キロから今度は第一いろは坂を下る。実はこの下りが難しい。下り坂で脚が大きなダメージを受けることは、膝を痛めた6月のいわて銀河で思い知らされていた。

しかし、故障を怖がって、ペースを抑えすぎるのもつまらない。抑えたとしても傷める可能性はある。右に左にヘアピンカーブを切りながら、風を切って下っていく。

下りはあっという間だ。じっくり時間をかけて築いてきたものを、どさっと崩してしまうかのようで、寂しさも感じる。もう少し、上り詰めた感慨を味わいたかったという思いも生じた。

難関をくぐり抜け、あとはほぼ平たん(どちらかというと下り基調)な道のりになる。レース前は、当然、いろは坂の上り下りを終えてしまえば精神的に楽になると考えていた。

しかし、人の心とは難しいもので、そうはならなかった。前半はいろは坂の克服という大目標があった。そのために集中し、奮闘した。

後半には、アクセントとなる目標がない。目標があるとすればゴールなのだが、それは50キロも先で遠すぎる。残りが50キロもあるという現実に圧倒された。この先、どうやって自分にムチを打ち、走らせたらいいのか、途方に暮れた。

難関は後半にあると闘いやすい

この大会の難しさは、標高差1300メートルを上り下りするところにある。その難関が前半にあるため、そこで脚力を大幅に失い、後半の走行が厳しくなる。

難しさはそれだけではない。前半に大きな難関がある影響は肉体面にとどまらず、むしろ精神面に大きく影響するような気がする。

もし、いろは坂がもっと先に、たとえば70キロ地点にあるなら、集中力はそこまで続く。その難関を楽しみにして挑める。後半に難関があると肉体的には厳しいだろうが、その目標に向かって闘える。精神面のコントロールを考えると、「難関=目標」は後半にあったほうが闘いやすいような気がする。

給水所で補給すると、わずかに覇気を取り戻した

いろは坂という難所をクリアしたが、残りは50キロもあった。ゴールから逆算して「あと50キロ」「あと40キロ」「あと30キロ」と考えるのはつらい。

結局、私はまず60キロ地点、そこまでいったら70キロ地点を目指すことにした。とりあえず、いま向き合わなければならない「10キロ」をこなすことに集中し、その先のことは考えないようにした。考えてしまうと気が重くなる。

そんなふうに頭を整理したのはいいが、そこでアクシデントが起きた。右膝の外側の腱(けん)が激しく痛み、膝の曲げ伸ばしが苦痛になった。立ち止まり、周囲をマッサージしてみたが、状況は変わらない。

60キロでリタイアしようかなという考えも浮かんだが、その思いを必死に打ち消し、この痛みはそのうち和らぐはずと信じて、とぼとぼと走った。

もしかすると、いろは坂の上り下りを終え、残りの50キロにどう立ち向かったらいいのだろうと途方に暮れ、心の弱みを見せたからこそ、あのタイミングで痛みが襲ってきたのかもしれない。脳は私の脚を止めたがっていた。

レースの後半は日光江戸村を経て、鬼怒川温泉で折り返し、東武ワールドスクウェアを巡って今市運動公園に戻る。どちらかといえば平板なコースだから、10キロごとに区切って「次は70キロ地点まで頑張れ」「次は80キロ地点まで頑張れ」と気持ちを集中させる必要があった。

ゴールはもう目前

もっとも、コースがどうあれ、長い距離との闘いはそうやって克服していくしかないのだと思う。いつもそうではないか。コースがどうのこうのと言っているようでは強くならない。

給水所で補給すると、わずかに覇気を取り戻すが、走り始めるとき(止まっていた体を再び動かし始めるとき)に膝が痛んだ。そろりそろりと走っているうちに、その痛みが収まり、少しずつペースを上げ、また給水所で休む。その繰り返しだ。

気温の上昇は25度までにとどまったが、ロシア帰りの体には湿度がこたえ、上り坂を迎えると気持ちがへなへなになって歩いた。周りのランナーもほとんどみな、そういう状態になっている。いわて銀河では給水所で休んだ以外に歩くことはなかったが、今回はそこまで戦意を保てなかった。

80キロに到達し、どうやら完走はできそうだとホッとした。いろは坂や中禅寺湖の風景を懐かしく思い出す。それだけの時間が経過していた。

最後の2キロ、できる限り疾走

右膝に痛みはあったが、最後の2キロだけは全力を傾け、できる限りの疾走でゴールした。何と、もう午後4時を回っているではないか。フィニッシュタイムは6度目の100キロマラソンで最低の11時間50分3秒(グロスタイム)。まさに半日。やれやれ、人生最長の走行時間(だいぶ歩いたが)を記録した。

いわて銀河の完走率が76.7%なのに対し、日光100kmは70.8%だから、やはり厳しい大会なのだろう。気温がそれほど上がらず助かった。

ともかく6、7月の100キロマラソンの連戦を無事、終了した。11時間半以上のランニングを2度続けて経験するとは、あきれちゃうね。

しかし、うんざりしたかというと、不思議なことにそうでもない。100キロの連戦で体をガタガタ、メチャメチャにして、一から出直そうと思ったが、かなり歩いたせいか、メチャメチャにできずに終わってしまった。

メチャメチャにする前に自分をセーブしてしまうところが私の弱さだと思う。とことんやれていない。ガタガタ、メチャメチャにはならなかったが、出直さなければならないことに変わりはない。

完走メダルは意匠を凝らしたつくり

100キロマラソンにしても、フルマラソンにしても今後、輝かしい結果を残すのは難しいかもしれないが、だからといって悲観的にも憂鬱にもなっていないし、ランニングが嫌いにもなっていない。この先にまだ何かがあるような気がする。

シベリア抑留を経験した詩人の石原吉郎が1960年にこんなメモを残している。

「希望によって人間がささえられるのではない(おそらく希望というものはこの地上には存在しないだろう)。希望を求めるその姿勢だけが、おそらく人間をささえているのだ」

ランナーとしての私に希望があるのかないのかはわからない。実はあるのかないのかは気にしていない。しかし、これでもまだ走り続けようとしている事実からすると、希望を求めているのかもしれない。それでいいのではないだろうか。走らせてあげようじゃないの、自分を。

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