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「1人で1着の勝負服」 受け継がれる匠の精神

我々、競馬アナウンサーは毎週末になると、当該週の実況を担当するレース用の「塗り絵」作業で忙しくなります。レースの馬名を書き込んだ用紙に、騎手が着ている勝負服と同じ色や柄の塗り絵をつくっていきます。この勝負服の塗り絵を実況席の手元に置いて、馬の名前を覚えたり、実況しながら間違いないか確認したりするためにも使います。

1896種類もの勝負服登録

「河野テーラー」3代目の河野正典さん

今回は我々にとってもなじみの深い、「勝負服」について紹介します。それぞれの騎手によって勝負服が決まっている地方競馬とは違って、中央競馬の場合、騎手が身に着けている勝負服は登録された馬主によって種類が分かれています。今年1月1日時点の数字で、日本中央競馬会(JRA)の馬主登録数は2382人、服色登録数は1896人となっています。1896種類もの勝負服が登録されているのです。勝負服に使える色は赤や青、黄、緑、桃、水色、紫、薄紫、茶、ねずみ、えび、白、黒の13色。しかも、微妙な色の濃さも厳しく指定されています。また、柄については17種類の指定があり、胴の部分や袖に入れられる柄は1種類だけ。柄の大きさなどにも規制があります。

現在、中央競馬は夏のローカル開催が真っ盛り。福島競馬場が1年で一番盛り上がる季節でもあります。福島競馬場の目と鼻の先にあるのが、勝負服をつくり続けて100年近くになる「河野テーラー」。地元はもちろん、全国のメディアの取材にも応えてきていて、ファンの間ではかなり有名な存在です。夏の福島開催は「河野テーラー」の3代目、河野正典さんにとっても、1年で最も忙しい季節です。100年も続く勝負服の老舗「河野テーラー」さんを今回は取材させていただきました。

1世紀近く勝負服をつくり続けている河野テーラー

河野テーラーは、創業者の河野正太郎さんが米軍の乗馬用ズボンをつくる傍ら、勝負服をつくり始め、福島で店を構えたのがそもそもの始まりだったそうです。その後、2代目として店を引き継ぐことになったのが、元騎手の河野(旧姓・福島)政平さん。現役時代、減量が辛くて騎手生活を諦めることになったとき、勝負服づくりを勧めてくれたのが、義父の正太郎さんでした。

政平さんの代になると、騎手だった経験を生かし、勝負服にもいろいろな工夫を加えていったそうです。激しい動きにも耐えられるもの、レースのしやすいものへと勝負服も徐々に変わっていきました。また、元騎手ということで馬主さんや調教師にもかわいがられていたといいます。馬主の半沢吉四郎さんや弟の半沢信弥さんともこのころ知り合い、吉四郎さんとは牧場で一緒にグリーングラスを見にいって購入を決めたというエピソードもあったそうです。

そして、3代目の社長の正典さん(正太郎さんのお孫さん)が河野テーラーを引き継いだのが、今から16年ほど前。盛岡市でサラリーマン生活を送っているころ、多くの競馬関係者に勝負服づくりを勧められ、徐々にこの仕事に魅力を感じるようになったそうです。

「1人が手掛けた勝負服でないと」

店内に飾られた勝負服

正典さんが初めてつくったのが、2代目政平さんの時代から懇意にしていた半沢信弥さんの所有馬グラスワンダーの勝負服。グラスワンダーは今でも最も印象に残っている馬だそうです。2代目の政平さんは常々「1人の人間が手掛けた勝負服でないと、思いは通じない。たくさんの人を介したものでは勝負事はダメ」と話していたそうです。その言葉を実感したのが1999年の有馬記念。グラスワンダーがスペシャルウィークとの鼻差の接戦を制したレースです。「2500メートルを走ってきて、最後は鼻の差。1人の思いが通じて、あの僅かな差。願いが通じたんでしょうね」と正典さんは振り返ります。「1人で1着の勝負服」という匠(たくみ)の精神は、今も忠実に実践されています。正典さんが生地を裁断し、工期のスケジュールを立てた後はほかの2人の女性スタッフとともに、縫製からボタン付けと1人が1着の勝負服を仕上げています。

河野テーラーでは現在、関東の厩舎を7割、関西の厩舎3割といった割合で勝負服をつくっています。最近の傾向として、勝負服の素材はサテンタイプが少なくなり、今では注文の9割ぐらいが伸縮性があってより体にフィットしたエアロタイプになってきたそうです。主な理由は、サテンタイプの勝負服だと体との間に隙間が生じ、レース中にバタバタと揺れて馬を驚かせてしまうからです。また、これから夏の季節はメッシュ生地の超軽量のものに人気が集まります。1日の作業時間はざっと1人8時間くらい。サテンタイプの勝負服は1日1着、エアロタイプでも1日2、3着つくるのが精いっぱいだそうです。

「調教師からの急な注文もありますし、競馬場にも顔を出さないといけません。何かと福島開催中は忙しいです」と話す正典さん。それでも「自分の手掛けた勝負服でレースに勝つと、うれしいですね。藤田菜七子騎手が初めて福島で勝ったときも、自分がつくった勝負服でしたよ」と笑顔で答えてくれました。「1人で1着の勝負服」の思いは受け継がれ、今年の夏競馬も大いに盛り上げてくれることでしょう。

(ラジオNIKKEIアナウンサー 木和田篤)

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