2019年6月27日(木)

企業遺産 300億個運んだヤマトの足、36年前の誕生秘話

2017/6/29 7:18
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急増する荷物に人手不足。消費者の生活に欠かせない「宅急便」を生んだヤマト運輸が岐路に立っている。1976年のサービス初日に11個だった荷物。今や累計で300億個を超えた。その足を支えてきたのがユニークな形の集配車だ。映像と連動し、企業のルーツを体現するモノの歴史を描く「企業遺産」企画。第1回はヤマト運輸の「ウォークスルー車」。

■宅急便の父、小倉氏のつぶやき原点

「君たちね。自分たちの使いやすいクルマをつくるべきだ。左ハンドルでもいいんじゃないか」

宅急便の父、故・小倉昌男氏がつぶやいたひと言が原点だった。

76年に宅急便が生まれる前、若手社員を集めた勉強会。集配や運行について議論するなかで、「良いトラック」とは何かを投げかけた。

その場にいた一人がヤマトホールディングス(HD)の瀬戸薫現相談役。3年後に福岡支店に営業課長として赴任した。「やってみよか」。瀬戸氏は車両整備と営業の係長、ドライバーのグループ長、入社1、2年目の社員の6人を集め、「YPS車開発プロジェクト」が福岡で発足した。

当時、集配車はミニバン。ドライバーは運転席を降り、荷物を取りに後ろに回り、跳ね上げ式のドアを開けていた。

「既製の集配車では、ただ人と車の増員、増車に頼らざるを得ないのではないだろうか」――。今も残る「新YPS車の手引き」という20ページの資料の冒頭の文言だ。荷物が急増する中で、現場の負担とストレスが増していた。今と同じ苦境に立っていたわけだ。

生産性と安全性を高めた集配車をつくり、配達スピードとサービスの向上につなげる目標を掲げた。議論を進めるなかで、「小倉さんが左ハンドルに目をつけた理由が分かった」(瀬戸氏)。駐停車した際に歩道側に降りれば危険が少ない。

しかし作業性、習熟度からドライバーの参加者は猛反発した。瀬戸氏らは3カ月ほど仕事から離れ、提案書を作りあげていった。右ハンドルでも左側から降りる方法はないか。運転席から荷室に移動できれば課題が片付くのではないか。議論に議論を重ね、ウォークスルー車の原案ができた。

■ベニヤ板で組み立てた試作車

小倉氏の耳に入り、東京本社から福岡に視察に来ることになった。「紙だけを見せるのは失礼だろう」とメンバーが集まり試作車をつくった。廃車から車台だけを残し、ベニヤ板で図面通りに1週間足らずで仕上げた。

ベニヤ車に乗った小倉氏は、荷物を持ったしぐさをして1時間以上も降りてこなかった。左側のスライドドアを開閉したり、荷物を守る仕切りを試したり。帰りの飛行機に遅れますよ、と声をかけられると「飛行機は次の便もあるけど、この車を見るのは今しかない」と夢中になったという。

「満足したんだと思う。あれから左ハンドルと言わなくなった」(瀬戸氏)

小倉氏は宅配便の規制緩和を巡って運輸省(現国土交通省)と対立し、「運輸省の役人は小学5年生以下」と切り捨てたこともある。利用者のためにならないことは許せないという信念。「その裏側に冷徹なほどの理論があったと思う」(ヤマトHDの山内雅喜社長)

その後、ベニヤ車は実車化され、81年9月に都内で運転を始めた。「運輸省の保安基準、試験にはトヨタさんが熱心に対応してくれた」(瀬戸氏)。当時「三河モンロー主義」といわれ、慎重に慎重を重ねる自動車最大手がなぜ素早く動いたのか。

■トヨタを動かした一通の手紙

その裏に一通の手紙があった。小倉氏がトヨタ自動車販売(現トヨタ自動車)の豊田章一郎社長(現名誉会長)に直筆で送ったものだ。

お客様に良いサービスを提供するにはどうすればいいのか。そのためには使いやすい車両がどれほど重要なのか。熱い信念をしたためた。

ウォークスルー車はこうして産声をあげた。トヨタはその後、商用車の先駆的な役割を果たす「クイックデリバリー」として商品化している。

提案書で強調したのが一見してヤマトの車と分かる外観だ。ドライバーが立って動けるよう、背高になったユニークな形。「クロネコ」と並び、ヤマトの顔になった。

「お客様へのサービスを考えてこそ、ハードも生まれる」(瀬戸氏)。スキー、ゴルフ、クール宅急便……。ヤマトはその都度、サービスに欠かせない車両、設備、システムを開発してきた。

その精神は今も受け継がれる。今年4月から自動運転配送をめざす「ロボネコヤマト」の実証実験を藤沢市で始めた。実は、ウォークスルー車に続く次世代車の開発も進めている。

「サービスが先、利益が後」。19年に創業100周年を迎えるヤマト。宅配危機を乗り越えるのは、常に未来に種をまく小倉イズムかもしれない。

(森園泰寛、大須賀亮、藤井貴恵)

[日経産業新聞 6月29日付]

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