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茨城県で交差する 最高学府と競馬の意外な縁

私は生まれも育ちも茨城県なのですが、この仕事をしていて初対面の方に「出身は茨城県です」と伝えると、「えっ、身内に美浦トレセンとかで働いている人がいるの?」とよく返されます。実はそうではなく、ハイセイコー以来の競馬ファンである父親に、幼稚園の頃から知識をたたき込まれたのが競馬との出合いだったのですが……。

やはり茨城県と競馬と聞けば、多くの方々は日本中央競馬会(JRA)の美浦トレーニングセンターを思い浮かべるのではないでしょうか。といっても、トレセン以外にも茨城県には競馬に関係するスポットが数多く存在します。今回はそんなスポットの一つを取り上げてみたいと思います。

東大牧場から初のダービー馬

住所は焼き物でも有名な茨城県笠間市。JR常磐線の岩間駅からタクシーに15分ほど揺られると、広大な「牧場」にたどり着きます。入り口のプレートには「東京大学農学部付属牧場」。そう、ここは日本の最高学府ともいわれる、東京大学の施設の一つなのです。

牧場の起源は1945年(昭和20年)4月、社団法人日本馬事会の日本馬事錬成農場として新設されたところにさかのぼります。戦後、農林省(当時)の所管を経て、東京大学付属牧場として東京大学へ移管されたのは49年4月。以来、この牧場は多くの動物が過ごし、動物学、畜産学および獣医学研究の先端を担う場所であり続けています。

99年に発行された「東京大学農学部附属牧場半世紀のあゆみ」によると、初代牧場長(53年4月~66年3月)を務めた岡部利雄教授は「畜産技術の集大成であるサラブレッドの生産・育成・管理を付属牧場で実現すべき」という信念を持っており、このプロジェクトの実現は、同牧場の念願であったといえます。

しかし、同牧場のサラブレッドの生産頭数は決して多くなく、毎年10頭に満たないほど。そんな中からもコマツヒカリ産駒のメイセイヒカリが75年に京都4歳特別を制し、4年後に生まれたベルワイド産駒のタケデンフドーは82年、抽選で出走枠に入った皐月賞で4着と健闘し、東大牧場から初めての日本ダービー出走も果たしました。当時を知る牧場スタッフの方は「自分たちが生産した牧場の馬がダービーに出られるなんてと、みんな大盛り上がりだった。東大に入るより難しいことなんだから、と言っていたよ」と懐かしそうに振り返っていました。

実習の相手がダービー馬?

サラブレッドの生産に欠かせないのは「種牡馬」。この牧場でも、数は少ないながら種牡馬が供用されていました。前記のコマツヒカリ、ベルワイドのほか、ロングホーク(75年皐月賞2着)、アンズプリテンダー(米G1センチュリーH優勝、牧場生産のマキノプリテンダーが96年の皐月賞に出走)、モンテプリンス……。今世紀に入ってからも、95年の宝塚記念をレコードで制したダンツシアトル、同年のスプリンターズステークスを制して最優秀短距離馬に輝いたヒシアケボノも種牡馬として繁用されていました。

そして、この牧場でけい養されていた最も有名な馬といえば、ウィナーズサークルでしょう。89年に日本ダービー優勝。史上初の「芦(あし)毛のダービー馬」、「茨城県産ダービー馬」という今でも唯一の記録を持つ同馬は2001年から、30歳でこの世を去る昨年までの15年ほど、同牧場で過ごしていました。

数は少ないながら種付けもこなし、大学付属の施設である同牧場で、学生の実習相手を務めるという役割も果たしていたのです。当時から馬の世話をしていた遠藤麻衣子さんは「オンとオフの区別がはっきりしている、おとなしい馬でした。自分の役割をわかっていたかのようで、実習にも協力的でしたね。競馬を知っている学生の方が、実習でダービー馬を相手にすることになって、逆に緊張してしまっていたこともあった」といいます。

実は以前「地元生まれのダービー馬に実際に会ってみたい」という思いから、2度ほど同牧場を訪れたことがあります。本稿執筆に当たって、約6年ぶりに同牧場を訪れたのですが、以前ウィナーズサークルがけい養されていた放牧地のスペースは、新たな馬の到着を待つかのように手入れされていました。牧場の方によると「今は牧場の馬の中にサラブレッドがいない状況ですが、ぜひまた功労馬を迎えたい」ということです。

安住の地、研究の地として

同牧場の現在の正式名称は「東京大学大学院農学生命科学研究科付属牧場」。動物の研究も重要な事業で、過去にはサラブレッドの飼料に必須アミノ酸混合物を加える、という先駆的な試みも行われました。この研究を共同で実施していた北海道の西山牧場から、後の二冠馬セイウンスカイが出たのは有名なエピソードの一つで、後に「アミノエクリプス」という馬向けの飼料開発に生かされています。

今後もこの場所が、過去にターフを沸かせた名馬たちの安住の地にして、未来のターフを沸かせる名馬を輩出する英知の生まれる地であってほしい――。茨城で生まれ育ち、競馬に携わって働くことになった立場として、そう願わずにはいられません。

(ラジオNIKKEIアナウンサー 大関隼)

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