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7月の世界選手権は学びの場 競泳・大橋悠依(下)

2017/6/25 6:30
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真っ白で血の気のない表情と、焦点の合わない目。2015年初夏。大橋悠依の母・加奈枝は「カット(美容院)行ってきた」と娘から送られてきた写真を見てがくぜんとした。「ショックだった。なんてひどい顔をしてるのって」

水泳をやめたい――。大橋は大学1年だった同年2月頃から約半年、こう思い悩むほどの不振に陥った。泳ぐと動悸(どうき)が止まらず、体が重い。1日休んでも疲れが取れない。「常にレースの最後で一番きつい泳ぎをしている感覚」。日本選手権でも調子は上がらず、200メートル個人メドレーで最下位に沈んだ。

不調の原因だった貧血を治療、水泳への情熱を取り戻した

不調の原因だった貧血を治療、水泳への情熱を取り戻した

周りに相談するも有効なアドバイスは無し。それどころか、気分屋の性格を指摘され「頑張ってないんじゃない」と言われることさえあった。「出口が全く見えなくて、あの頃は水泳が好きじゃなかった」。卒業後は地元に帰ろう、そんなことを考えていた。

当時の様子について、コーチの平井伯昌は「ネガティブな表情、言動がとにかくひどかった」と振り返る。平井自身、15年は海外遠征続きで大橋に目をかける時間がほとんどなかった。「練習がうまくいかず、誰にも認めてもらえない心細さがあったのかな」

スランプ乗り越え情熱再び

不調の原因は極度の貧血。同年秋、平井の勧めもあって病院に行って判明した。薬で治療し、ひじきなど鉄分を集中摂取するうちに体調は回復。「泳ぐのってこんなに楽しかったんだ」。水泳への情熱を取り戻し、苦手だった基礎練習にも前向きに取り組めるようになった。タイムはぐんぐん伸び、眠っていた才能が花開き始めた。

くしくもリオデジャネイロ五輪に向け選考が大詰めの時期。半年間の不調の影響もあって大橋は代表入りにあと一歩届かなかった。ただ、どん底から自らの力ではい上がってきた教え子の背中を押すため、平井は言い聞かせた。「(リオ)五輪が終わったら、次は悠依の番だから」

その言葉を胸に飛躍を続け、この春、日本記録樹立へとつなげた。もう、かつてのような浮き沈みはないのか。「自信がついてプレッシャーに左右されなくなった。あの頃の自分に戻りたくない、と思うと安定していられる」と大橋は言い切る。

ただ、平井は「(世界選手権や五輪で)メダルを取るタフさがあるかといえば、まだ微妙」と楽観視はしていない。弱点は圧倒的な国際試合経験の少なさ。だからこそ7月の世界選手権は良い学びの場と考える。「日本記録保持者として、これからのプレッシャーのほうが大きい。強い選手はどうあるべきか、肌で感じてほしい」

日本はシドニー五輪以降、女子400メートル個人メドレーのメダルがない。「20年ぶりに(東京五輪で)メダルを取るのは自分でありたい」。そう語る大橋の言葉は力強い。遅咲きスイマーが描く物語の最高のクライマックスは、3年後の夏に待っている。=敬称略

〔日本経済新聞夕刊6月21日掲載〕

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