2019年9月18日(水)

駆ける魂

フォローする

「今度こそピッチに」挑戦続く 菊池康平(下)
元海外プロサッカー選手

2017/6/18 6:30
保存
共有
印刷
その他

2005年春、菊池康平は明大を卒業し、人材派遣会社パソナに入社した。学生時代の夢とは決別し、その情熱を会社員人生へ――。とはならなかった。

社会人になっても、夏休みや年末の休みには、ブルネイ、ベトナム、マカオなど、サッカークラブを求めて海外に渡航した。ただし今度は時間がない。現地滞在が数日では「道場破り」どころか、チームの所在地を調べるだけで終わることもあった。

日本サッカー協会の夢先生として子どもたちに授業をする=JFA提供

日本サッカー協会の夢先生として子どもたちに授業をする=JFA提供

仕事は忙しかったが順調だった。これだけ海外で無鉄砲な挑戦を続けていれば、営業能力は磨かれる。だが時間が欲しい。入社4年目、とうとう会社を1年間休職した。

一度だけだったプロ契約

今度は挑戦の地に南米を選んだ。「サッカー選手としては平凡な能力しかない」と自覚している菊池にとって、武器は身長185センチの高さと走り続ける体力となる。南米なら自分の長所が生かせるのではという計算もあった。

最初のパラグアイはだめだったが、次のボリビアでついに州の1部リーグのクラブと契約にこぎつけた。「FWではなくDFとしてプレーしたら、クラブの会長が見ている前で、びっくりするほど良いプレーができた」。標高3500メートルという過酷な状況も体力自慢の味方になったという。

海外でのプロ契約を目指して8年目、ついに夢を実現した。月給は100ドルほど。だが、公式戦に出場することはなかった。

実力不足というよりも、選手登録手続きの不備などさまざまなハードルがあった。「ロッカー施設などとてもプロとはいえない環境。珍しいアジアからの選手としてチームメートからの差別などもありました。でも貴重な経験をしたと思っています」

菊池は14年6月、パソナを退社した。ボリビアから戻って復職したが、また挑戦したいという気持ちが抑えられなくなったのだ。

今度はラオス、インドと渡った。だが、ラオスでは犬にかまれて狂犬病の予防接種のために緊急帰国。インドではダニにかまれたのが原因と見られる高熱に苦しんだ。

現在、菊池は組織に属さず、フリーでさまざまな活動をしている。「自分の経験を伝えることで、チャレンジする人を勇気づけられたらうれしい」。講演や執筆活動。日本サッカー協会(JFA)が新旧のアスリートたちを主に小学校に派遣する「夢先生」の一員でもある。今年4月からは専門学校で「スポーツキャリア論」の授業も受け持つ。

フットボーラーとしても現役だ。今年はブラジル代表ネイマールが考案したミニサッカーの大会「ネイマール・ジュニア・ファイブ」に、自ら幹事として結成したチームで出場。国内予選を勝ち抜いて、7月にブラジルで開催される世界大会への出場を決めた。「初めて日本の代表として試合ができる。人生が変わるくらいの成績を残したい」。夢を追う挑戦は終わらない。=敬称略

〔日本経済新聞夕刊6月14日掲載〕

「スポーツ」のツイッターアカウントを開設しました。

駆ける魂をMyニュースでまとめ読み
フォローする

保存
共有
印刷
その他

サッカーコラム

電子版トップスポーツトップ

駆ける魂 一覧

フォローする
現地でチームの練習場所と時間を調べ、シューズとウエアに着替え先回り

 名刺には「海外サッカー道場破り 1勝15敗」と自己紹介している。元海外プロサッカー選手といっても華々しい戦歴があるわけではない。菊池康平(34)がプロとして契約したのはボリビアの州リーグのクラブ。し …続き (2017/6/18)

日本サッカー協会の夢先生として子どもたちに授業をする=JFA提供JFA提供

 2005年春、菊池康平は明大を卒業し、人材派遣会社パソナに入社した。学生時代の夢とは決別し、その情熱を会社員人生へ――。とはならなかった。
 社会人になっても、夏休みや年末の休みには、ブルネイ、ベトナ …続き (2017/6/18)

鳥栖からの移籍1年目、人生2度目の転機といえる充実の日々を送る

 「今年は改めてキーパーというポジションの奥深さを感じている」。J1のFC東京でゴールを守る林彰洋(30)は楽しげに語る。鳥栖から移籍して1年目の今季、既にチームになくてはならない存在になっている。
  …続き (2017/6/11)

ハイライト・スポーツ

[PR]

新しい日経電子版のお知らせ

より使いやすく、よりビジュアルに!日経電子版はデザインやページ構成を全面的に見直します。まず新たなトップページをご覧いただけます。

※もとの電子版にもすぐ戻れます。