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雨と寒さと上り坂…でも100キロの先に歓喜

編集委員 吉田誠一

ウルトラマラソンに出場する前にしなければならないことの一つに「時差調整」がある。ウルトラマラソンは制限時間が長いため、スタート時間が朝早い。

6月11日に挑んだ「いわて銀河100kmチャレンジマラソン」(岩手県北上市~雫石町)は制限時間14時間で、スタートは午前4時。日の出とともにスタートする。

3度目のいわて銀河、時差調整は万全

この大会への参加は6年ぶり3度目で、前回は午前0時半に起きたが、今回は1時半起床とした。その時間に寝るのではなく、起きて「朝食」をとるのだからおかしい。これって朝食なんだろうか。

こんなことが大会当日にいきなりできるわけではないので、国内の大会なのに「時差調整」をして体内時計を合わせ直す必要がある。

午前4時のスタート前、すっきりとした頭で号砲を待つ

今回は4日前から起床時間を順に午前5時、4時、3時、2時半と早めていって、大会当日に1時半とした。前夜は午後8時前には宿泊先のベッドで横になった。時差調整はうまくいったのだろう。眠気を感じず、すっきりとした頭でスタートラインに立てた。

前回のコラムで書いたように、私の挑戦はこのいわて銀河で終わらず、3週間後の日光100kmウルトラマラソンとの連戦になる。このセットが簡単なことではないとわかっているからかもしれない。しっかり自分をコントロールして臨もうという気持ちが強かった。

6年前のこの大会では序盤を気持ちよく走り過ぎ、30キロ過ぎからダラダラと上りが続く「銀河なめとこライン」で苦しんだ。

コースの半分以上は人里離れた山の中だ。最大標高差は460メートルらしい。平たんな部分は限られている。コースマップを机に貼り付け、毎日、にらめっこをした末に、前半は1キロを6分前後の慎重なペースで進めようと決めた。

スタート時の気温は13度で肌寒い。とにかく私は自制を心掛け、1キロを5分30秒~6分のペースに抑えることに集中した。心拍数も140を超えないように気を配った。

ゲームのコントローラーで自分というコマを操っているようなイメージで、小まめにGPS付きのスポーツウオッチをチェックし、少しでもペースが上がるとブレーキを掛けた。ちょっと神経質になり過ぎだろうか。

50キロ手前でダム湖を渡る。前半は慎重なペースで進めた

余裕があるうちは脳と体の関係が密接で、クールな脳の指示に従いながら歩を進める。バーチャルな世界に身を置いている感覚があった。

しかし、体に余裕がなくなり、脳も疲弊すると、両者の関係が希薄になっていき、リアルな世界に放り出される。生身の自分がむき出しにされ、「殴り合い」に近い闘いを強いられる。

自分をくるみ、守ってくれていたものが一枚一枚はがされていき、制御不能に陥っていく。「根性」という言葉が私の辞書から消えていく。実は、その感覚を味わうのがマラソンやウルトラマラソンの醍醐味なのかもしれない。自虐的だなあ。

長い旅路なので細かなことは覚えていないが、序盤のうちにまず風が強くなり、冷たい雨が落ち始め、先行きが暗くなった。アップダウンのきつい山道を雨の中、たどるのはきつい。

自分との約束「歩いてはいけない」

寒がりの私は長袖のシャツの上に半袖シャツを重ね着し、さらに風雨が強い間は100円均一ショップの雨ガッパをはおった。この雨ガッパにかなり助けられた。

それにしても3月以降、雨にたたられてばかりいる。3月の佐倉健康マラソンで雨に泣き、5月の千葉の30キロの大会は土砂降りだった。その5日後にトレーニングで筑波山に走りに行く(33キロ走)と雷雨に遭った。そして今回は雨と厳しい寒さとの闘いになった。

雨とともに記憶に残っているのは上り坂ばかり。顔を上げると、ずーっと坂が続いている。しかし、走っているうちに、この坂を制覇するためにここに来たのではないかという思いが湧き上がってきた。「決して歩いてはいけない」という意志が固まった。それだけは守ろう。

凍えるような小倉山トンネルを抜けてエイドステーションで一服

もちろん、エイドステーションでは立ち止まり、おにぎりや梅干しやバナナや豚汁で栄養補給を行う。しかし、エイドステーションを離れたらひたすら走り続けた。

そう決意したのがよかったのだと思う。自分とのその約束を守ろうとしたことで緊張感を維持できた。「根性」という言葉が私の辞書から完全には消えなかった。

一つ一つの坂で約束を守っているうちに、「せっかくここまで守ってきたのに、ここで約束を破れるか?」という強迫観念にとらわれた。ここで歩いたら、いままでの努力が水の泡ではないか。

もちろん、徐々に脚力が奪われ、40キロ以降は5キロを30分ではクリアできず、35分を要すようになった。終盤は40分も掛かった区間があった。

しかし、レースを途中でやめたいとは一度も思わなかった。心がレースから離れなかった。それは「歩いてはいけない」という決意と関係していたのだろう。

左足小指、左膝の内側…痛みとの闘い

ウルトラマラソンは痛みとの闘いにもなる。20キロあたりで、早くも左足の小指の付け根に痛みが出た。後半は下り坂で左膝の内側が痛んだ。上り区間は我慢して、後半はどちらかというと得意な下りで飛ばそうと考えていただけに、この膝痛は誤算だった。

靱帯でも傷めたかという不安を抱え、ゆっくり下りた。痛みが出て、すぐに浮かんだのは「これでは7月の日光100kmは無理だろう」という思い。がっかりしたというより、欠場の理由ができてホッとした。

ゴール後は階段を下りるのがつらく、夜も膝の痛みでぐっすり眠れなかった。しかし、2日後にはかなり回復し、ウルトラ連戦という挑戦から逃げられなくなった。いまは「必ずやります」と決意を新たにしている。

それにしても100キロという距離は長い。60キロまで行っても、まだ40キロも残っている。80キロに至っても、まだ先に20キロもある。残りの距離を想像すると打ちのめされる。

終盤は「お楽しみはあと20キロしか残っていないぞ」「こんな気持ちのいい森の中を走れるなんてすてきじゃないか」「ほら、楽しいでしょ」と思うようにした。いわば洗脳かもしれないが、考え方を変えると肉体はいい方に反応する。

北上市から金ケ崎町、花巻市、西和賀町を経て雫石町に至り、フィニッシュタイムは11時間31分26秒。5度目の100キロマラソンで最も悪い。前半、ペースを抑えることに集中したにもかかわらず、後半、膝の痛みもあって、さらにペースが落ちた。

達成感は一瞬、次はいろは坂

前半の自制はプラスにならなかったのだろうか。しかし、前半に無理をしていたら、もっと悲惨な結果に終わっただろう。練習で35キロまでしか走っていなかったのだから、タイムは仕方がない。歩かず走り続けるという自分との約束を果たせたことがうれしい。

フィニッシュタイムは最悪。苦しかったが、でも楽しかった

いつも感じることだが、100キロを走り終えたからといって、心がいつまでも達成感で満ちあふれるというわけではない。「やった!」という思いはすぐにどこかに飛んでいく。

ゴールの瞬間を目指して苦闘を続けるが、歓喜のすべてがその一瞬にあるわけではない。歓喜は走り続けている間に流れた11時間半というトータルの時間の中に横たわっている。

哲学者のマーク・ローランズがオオカミとの暮らしをつづった「哲学者とオオカミ 愛・死・幸福についてのレッスン」には、考えさせられる文章がいくつもある。

「わたしたち人間は時間を理解しようとする。時間を、過去から現在を通って未来へと飛ぶ矢として考える」

「瞬間は無限に前後にずらされる。わたしたちが今として見なすものは、以前に起こったことの記憶とこれから起こることへと予想からできている」

「瞬間はつかみどころがない。わたしたちにとっては、完全にリアルではない。存在しないのだ。瞬間は過去と未来の亡霊で、過去にあったことと未来にあるかもしれないことのエコーであり、予想なのだ」

「瞬間は絶えずわたしたちの手を逃れる。したがって、わたしたちにとって生きる意味は、決して瞬間の中にはない」

オオカミと違い、人間にとってのあらゆる瞬間には、それまで起こったことの記憶と、これから起こることへの期待がちりばめられているという。まだよく理解しきれていないが、11時間半も走った結果、わかりかけていることもある。

6年ぶりに手にしたいわて銀河の完走メダル

私は連なっていく時間の中で、そこまでの行程のうれしくもつらくもある過去と、かなりの苦しみにわずかな喜びが混じるであろう未来に支配されながら走り続けた。それが苦しくもあり、楽しかった。うれしくて、つらくて泣きそうになった。

サッカーのコンフェデレーションズカップの取材のためのロシア出張を挟んで、7月2日に日光で再び、100キロに挑む。今度はいろは坂を上り、下らなくてはならない。いまはまだ、この挑戦の折り返し点に過ぎない。

いわて銀河での過去と、いろは坂での未来が絡み合って、胸が不安と期待でいっぱいになっている。もちろん、不安が9割です。大丈夫だろうか。

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