低迷iPad、「パソコン化」で再起 アップル新戦略

ハードウエアとソフトウエア両方を1社で手がける、アップルならではの開発者会議――「Worldwide Developers Conference (WWDC) 2017」の基調講演は、例年以上にそのことを強く感じさせるイベントだった。

発表されたハードウエアはiMac、iMac Proにはじまり、MacBook、iPad Pro、さらには隠し玉ともいえるスマートスピーカーの「HomePod」と多岐に渡っていた。
ここ数年のWWDCは、ソフトウエアの進化が話題の中心だった。本来、WWDCはアプリ開発者が最新情報を得る場であって、製品発表会ではない。製品が発表されないのは、むしろ当たり前のことだった。
一方で、ハードウエアがなければ、ソフトウエアはその姿をユーザーの前に示すことができない。ハードウエアの進化に合わせ、ソフトウエアの方向性が決まるケースもあるだろう。ハードウエアとソフトウエアは、車の両輪のようなものといえるだろう。
それを端的に示していたのが、新しくなった10.5インチと12.9インチのiPad Proだ。どちらもディスプレーに特徴があり、リフレッシュレートはこれまでの倍の120Hz。プロセッサーも最新の「A10X Fusion」を搭載。前世代と比べてCPUの処理速度は3割増し、GPUの処理速度は4割増しになった。10.5インチというiPadでは初のサイズが加わったこともポイントだ。
もちろん、これらも重要な内容ではあるが、筆者がより重要だと感じたのが、今秋にリリースされる「iOS 11」による進化だ。
iOS 11はiPhone、iPadに共通のOSだが、特に純正スタイラスペン「Apple Pencil」に対応したiPad Pro向けのアップデートが多かった。例えば、画面下に搭載されるドックが、その1つ。画面を2分割して、ファイルをドラッグ&ドロップできるようになるのも、iOS 11による新機能だ。

iPadの使い方が変わる
これまでのiPadシリーズは、iPhoneの延長線上にあるタブレットとして「ファイル」を意識させないユーザーインターフェースが採用されていた。何かをしたいときは、アプリのアイコンをタップするというのが基本となり、データはそれぞれのアプリで管理する。ファイルやフォルダの存在を徹底的に隠してパソコンの難解さを排除したことによって、iPadは幅広い層に受け入られてきた。
とはいえ、やはりプロユースも多いiPad Proだと、それが煩雑に感じられることがある。例えばオンラインストレージからファイルをダウンロードして、編集したあと、アップロードして誰かに送るとき。パソコンなら、ファイルを落として適当な場所に保存したあと、編集して、そのままメールなどでファイルを送る。一方のiPadは、使おうとしている編集アプリが普段使っているオンラインストレージやメールアプリに対応していないと、操作が途端に複雑になる。
こうしたiOSならではの使い勝手の弱点を解消するために、アップルはiOS 11に「ファイル」と呼ばれるファイラーアプリを標準で用意することになった。これによりオンラインストレージからダウンロードしたファイルをとりあえず保管しておき、アプリで編集後、メールに添付するといったことが可能になる。

これは新iPadのスペック以上に大きな変化で、iPadの使い方をガラリと変えてしまう可能性もある。iPadとの組み合わせによって、iOSがよりパソコンに近づき始めたというわけだ。
この新OSの恩恵をもっとも受けられるのは、キーボードカバーやApple Pencilといった豊富なアクセサリーを持ち、しかもパフォーマンスが高い、最新のiPad Proである――。これが、アップルの描いたシナリオだ。ファイルアプリの導入によって、iPadの使い方が大きく変わる可能性もあるため、開発者の集まるWWDCでハードウエアとソフトウエアを同時に発表したのも、理にかなっている。

停滞するiPadを復活できるか?
WWDCでは、iPad ProやiOS 11の発表に、かなりの時間が割かれていたように見えた。ここには、停滞するタブレット市場を活性化させたいという、アップルの意思が見え隠れする。
タブレットの中では抜群の売れ行きを誇るiPadですら、2014年度をピークに、販売台数は減少傾向にある。17年5月2日の第2四半期の決算を見ると、iPadは売上、販売台数ともに落ち込んでおり、販売台数は1000万台を割ってしまった。ここにテコ入れしたいと考えるのは、自然な発想だ。
その答えが、iOSともども、よりパソコンらしい方向にかじを切るということだったのかもしれない。
新ジャンルへの進出も
iPad以外でも、単なるソフトウエアの進化に止まらない将来像を提示できたWWDCだった。冒頭で挙げたMacの製品群もそうで、発表の目玉としてVR(仮想現実)への対応が発表された。
VRは、高いハードウエアの性能と専用コンテンツがそろうことで魅力を発揮するジャンル。どちらかが欠けては成立しない。その意味で、開発者が勢ぞろいするWWDCが発表には最適な場所であったことは間違いない。

新たなジャンルの製品として登場するHomePodもそうだ。これはいわゆるAIを活用したスマートスピーカーと呼ばれるジャンルの製品。スマートスピーカーは、アマゾンのEchoを筆頭に、グーグルが「Google Home」を投入するなど、プラットフォームを持つ事業者が相次いで参入している。日本ではLINEも、AIプラットフォームの「Clova」を開発し、スマートスピーカーを投入する予定だ。
アップルは音楽サービスのApple Musicを軸に、HomePodをオーディオ製品として打ち出してきたが、筆者がポイントだと感じているのは、同製品がチップセットを内蔵したコンピューターであることだ。
HomePodにはiOS製品向けのチップセットである「A8」が搭載されており、Siriを通じてさまざまなコンテンツを取得できる。残念ながら基調講演では、HomePod向けのアプリについては言及がなかったが、iPhoneやApple TVが段階的にサードパーティへとアプリを開放してきたことを考えると、HomePodも同じような道を歩む可能性は高い。

iPhoneは盛り上がりに欠けた?
このような視点で見ると盛り上がりにやや欠けたのが、iPhoneの話題だ。iPhone向けのiOS 11では、Apple Payを使ったiMessage内での個人間送金やApp Storeのリニューアルなど目新しいトピックスは多かったが、iPhoneそのものは披露されなかった。もっともiPhoneは例年9月に発表されており、その時期を変更することは難しかったのだろう。


一方、iOS 11では、ポケモンGOのように、現実の映像と仮想キャラクターとを融合させた拡張現実(AR)アプリを制作できる開発環境「ARKit」が発表された。ただ現行のiPhoneでは、拡張現実を使ったアプリを作っても、現実を写した映像の深度(奥行き)をきちんと測定するのが難しい。このAR機能をより完ぺきにするのであれば、深度センサーを入れた新たなiPhoneが必要になる。

WWDCの前から「深度センサーを搭載したAR対応の新型iPhone」の登場がささやかれていたが、ARKitの登場によって、この噂が現実味を帯びた格好だ。今年はiPhoneが発売してから10周年という節目の年だけに、新iPhone発表に向け、着々と準備が進んでいることがうかがえた。
(ライター 石野純也)
[日経トレンディネット 2017年6月7日付の記事を再構成]
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