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麻酔薬ケタミン、抗うつ薬へ研究~即効性が強み

半世紀以上前から使われている麻酔薬「ケタミン」がうつ病治療薬として注目を集めている。国内外のチームが立体構造の異なるケタミンを新薬にしようと研究開発に取り組んでおり、安全性や効果で違いを示そうとしのぎを削っている。投与後すぐに効果が出る利点などがあり、既存薬の効かない患者を救う可能性もある。

「国内外の複数の製薬会社から抗うつ剤としての開発の打診を受けた」。千葉大学の橋本謙二教授は顔をほころばせる。独自開発した「R型」と呼ばれるケタミンの将来性が認められてきたという。R型に関する特許も日米などで出願済みだ。

ケタミンは麻酔薬で、幻覚や妄想などの作用があるため、日本では2007年に麻薬に指定されており、今では特定の症例でしか使われていない。そんな中、米エール大学のチームが00年に抗うつ効果を初めて報告。その後も続報が出て注目が高まった。

一般にケタミンを合成すると「R型」と「S型」の2つのタイプができる。麻酔薬としては混合したものが使われている。橋本教授らは、それぞれだけを抽出したものの抗うつ効果を、マウスの実験で比較した。

カラダの大きなマウスと10日間同居したマウスは、うつのような状態になる。砂糖水を飲む回数が減り、水に入れた際に抵抗する時間が短くなる。そこにR型を投与すると、S型を与えた時に比べて砂糖水を飲む回数が多く、水の中で抵抗する時間も長かった。橋本教授は「R型の方がうつ症状を抑える効果は大きく、依存性は低い」と自信を見せる。

ライバルは大手製薬会社のヤンセンファーマだ。ヤンセンは日米などでS型ケタミンの開発を進めている。13年に米食品医薬品局(FDA)から「画期的な治療薬」の指定を受けた。日本では既存薬が効かないうつ病患者にS型を投与する第2相臨床試験を実施中だ。

両者はそれぞれ得意な「型」のケタミンの優位性を主張している。議論は過熱し、今年7月にプラハで開かれる国際神経精神薬理学会の議題にも上がるほど注目を集めている。

製薬会社や研究者がケタミンに熱い視線を送る理由の1つは効き目の早さにある。既存の抗うつ薬は投与してから効果が出るまでに数カ月かかるが、ケタミンは数時間で効果が現れる。

もう一つの理由は、既存薬が効きにくい患者にも効果が期待できる点だ。現場では薬を使っても3割以上の患者は治らない。ケタミンは既存薬とは別のメカニズムで作用することが分かっている。橋本教授は「使える薬の無かった患者の7割くらいに効くのではないか」と推察する。

ただ、ケタミンの作用メカニズムには不明な点が多い。これまでの研究で、ケタミンが脳内で記憶や学習に関わる受容体の一種「NMDA受容体」に作用することが分かった。ただこの受容体と、うつ病との関係はよくわかっていない。

幻覚や妄想、依存性といった副作用も無視できない。麻薬指定されたのも乱用が問題になったためでもある。この分野に詳しい理化学研究所の加藤忠史シニア・チームリーダーは「抗うつ剤として実用化するには依存や乱用に対して対策がとれるのかがかぎになる」と指摘する。

厚生労働省の14年の報告によると、うつ病などを含む気分障害で、約111万人が医療機関を受診している。世界保健機関(WHO)の15年の推計では、世界人口の約4%がうつ病だとしている。

抗うつ剤は十年以上、画期的な新薬が登場していない。研究の今後に期待したい。

(藤井寛子)

[日経産業新聞 6月7日付]

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