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日本らしさ世界にアピール 木で覆う新国立競技場

日経アーキテクチュア

2019年11月完成を目指して工事が進む新国立競技場。観客席を覆う長さ62mの片持ち形式の屋根架構は木と鉄のハイブリッド構造となる。5月から実大屋根鉄骨の作成準備を開始、作業手順や安全確保などを検証する。

2020年東京五輪のメーン会場となる新国立競技場。観客の頭上はスタンドに大きく張り出した屋根で覆われる。観客席からの眺めは、巨大な木造建築のようだ(図1)。

プロジェクトを遂行する大成建設・梓設計・隈研吾建築都市設計事務所共同企業体(JV)で意匠設計を担当した建築家の隈研吾氏は、「日本の木造の繊細さは巨大建築物であっても生かせる。新国立競技場に足を運んだ観客は、寺社仏閣に訪れたような感覚になるだろう」と語る(図2)。

片持ち形式の屋根架構のトラスは2本の上弦材と1本の下弦材、これらを立体的に連結するラチス材で構成される。長さは62mに達する。3層構造のスタンドをすっぽりと覆う大きさだ(図3)。屋根の自重はスタンド外周側にある2列の支持柱で支える。

新国立競技場はスタンドのボリュームや屋根の勾配を抑えて最高高さを49.2mに抑制した。三角形断面の屋根トラスが円周方向に連続するシンプルな構造は、繰り返しの意匠的な美しさと、施工の合理性を追及した結果だ。

木材が主役に見える屋根架構だが、実は「木造」ではない。屋根トラスの構造は建築基準法上、鉄骨造(S造)の扱いだ。建基法で規定する長期・短期荷重で生じた応力は、すべて鉄骨で負担する設計となっている。「日本らしさ」を表現するスタジアムは木材の活用を前提とした設計だった。しかし、防火などの制限があり、隈氏は「すべてを木造で構成するのは無理だった」と話す。JVで様々な形状の屋根を検討した結果、鉄骨部材を集成材で挟み込む「木と鉄のハイブリッド構造」の屋根トラスにたどり着いた。

木材で屋根の風揺れを抑える

観客席への張り出しが約60mに及ぶ鉄骨造の屋根架構は、その長さ故の課題があった。短期荷重による振動だ。特に高い位置に設置する屋根は強風の影響を受けやすい。そこで、JVは鉄骨と組み合わせる木材に構造材としての働きを持たせた。

大成建設エグゼクティブ・フェローで、設計本部副本部長の細澤治氏は「強風や地震などの影響で屋根が上下する動きを抑える工夫が必要だった。木と鉄のハイブリッド構造は、木部分が短期荷重による変形を抑制する剛性を付与する役割を果たす」と説明する。

H形鋼と集成材を組み合わせたハイブリッド構造の部材は、ラチス材や下弦材として使用する(図4)。大成建設は屋根架構にハイブリッド構造の部材を使うことを想定し、木材がどれほど軸力負担に効果を発揮するかの実験を行っている。

「鋼材のみ」と「ハイブリッド材」の剛性を比較。その結果、ハイブリッド材ではラチス材で約10%、下弦材で約25%も鋼材のみに比べて剛性が高かった。木材は「繊維の束」であるため、繊維方向への剛性が高い性質があるためだ。

大成建設構造研究室木・鋼チームの森田仁彦チームリーダーは、「下弦材に使うカラマツの木材は剛性、耐力ともに高い特性がある」と話す。屋根架構に使う木と鉄の体積比率は木材1に対して鉄骨は0.6。つまり、木材を使った部位は、より多く観客の目に映る。一方、重量比率は圧倒的に鉄骨が大きく、木材の約10倍となる試算だ。

中断面集成材が木材の主役

新国立競技場で使用される木材は一般的な「中断面集成材」(断面の短辺7.5cm以上、長辺15cm以上)が主となる。JVでは屋根架構を設計する際、木材の特徴を出すために大断面集成材(短辺15cm以上、断面積300cm2(平方センチメートル)以上)も考えた。

しかし、大断面集成材は製作工場が限られる。施工サイドからも「大断面集成材は重いため施工に時間が掛かる」との声が上がった。

2016年12月から始まった新国立競技場本体工事の全体工期は36カ月。2018年2月から開始予定の屋根工事はプロジェクトを円滑進行する肝となる。そこで、日本全国の集成材工場やプレカット工場を活用できる中断面集成材を用いることにした。利用する集成材の最大寸法は、断面の短辺が12cm、長辺で45cmとなる。

木と鉄のハイブリッド構造では、性質の異なる2つの部材の一体化に接着剤を用いない。木材の剛性が引張と圧縮の両方に効くように、木材と鉄骨は部材の軸方向に引きボルトで接合する。部材はナットに緩み止めを用いた落下防止ボルトで取り付ける(図5)。屋根には強風などによる外力が繰り返して加わるため、屋根全体の品質向上のために落下防止ボルトを採用した。

引きボルトは伝統建築の修復などにも採用される。新国立競技場はレガシー(遺産)として東京五輪後も数十年にわたって活用する建築物だ。経年変化を考慮した末、JVは将来に維持管理がより容易になるよう配慮して、物理的に木材と鉄骨をつなぎとめる手法を選択した。

屋根工事は同一断面の屋根ユニットを順次設置する形で進行する(図6)。1つの屋根トラスは3つのユニットに分かれており、スタンドの周方向に108列にわたって設置する。屋根トラスは全周で長さ60m、平面形状に従って幅を変えている。メーンとバックのスタンド側は屋根トラスの根元で約7.2m、先端部で約6.3m。両サイドのスタンド側ではそれぞれ約7.1mと約3.1mとした。

地組みしたユニットをスタンド内外に配置した大型クレーンで吊り込み、隣り合うユニットを高力ボルトで接合する。2015年11月の技術提案書によれば、屋根架構に母屋材や照明器具などを組み込んだ1ユニットの重さは最大で約50トンになる(図7)。

屋根工事が始まるのは旧国立競技場の青山門があった方角からだ。時計回りと反時計回りの2班に分かれて作業を進める。1班当たり1日1ユニットを取り付ける計画だ。設置した屋根ユニットの分、クレーンの稼働範囲が狭くなるため、設置は工程の後半ほど難しくなる。1ユニットの地組みには9日かかる。屋根工事の期間にも地上躯体(くたい)工事や外装仕上げ工事が同時進行する。敷地は限られているため、地組みを行うスピードの向上は目下の課題だ。

始まった実物大ユニット実験

発注者である日本スポーツ振興センター(JSC)は、5月中旬から建設予定地の南側に空いたスペースを使って、屋根ユニットの実大モックアップによる施工検証に入った。品質と安全を両立しながら、短工期で屋根工事を終えるための手法を練り上げる。

JSC新国立競技場設置本部の下野博史総括役は「実大ユニットは2つ作成する。ユニットの接合作業も手順を確認して、安全に早く施工できる方法を検証したい」と説明する。

木と鉄のハイブリッドは施工に細心の配慮が必要だ。鉄骨がぶつかると木材が凹んでしまうからだ。完成したスタジアムの景観に限らず、施工現場においても、日本的な繊細さが求められている。

(日経アーキテクチュア 江村英哲)

[日経アーキテクチュア2017年5月25日号の記事を再構成]

【参考】日経BP社は2017年6月22日、「日経アーキテクチュア Selection 世界の木造デザイン」を発行。国内外の木造建築の最新事例を紹介したほか、世界の木造建築をけん引する坂茂氏や隈研吾氏のインタビューも収録した。

日経アーキテクチュア Selection 世界の木造デザイン

編者 :日経アーキテクチュア
出版 : 日経BP社
価格 : 2,592円 (税込み)

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