焦りは禁物 バドミントン桃田が背負う大切な使命 - 日本経済新聞
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焦りは禁物 バドミントン桃田が背負う大切な使命

編集委員 北川和徳

違法カジノ店での賭博行為が発覚し、日本バドミントン協会から出場停止処分を受けていたバドミントン男子の桃田賢斗(22、NTT東日本)がコートに戻ってきた。ほぼ1年2カ月ぶりの実戦となった日本ランキングサーキット大会(5月27~31日、さいたま市記念総合体育館)の男子シングルスでさっそく優勝、復帰戦を飾った。

「やんちゃ」なイメージ一変

予想はしていたが、かつての「やんちゃ」なイメージは一変した。明るい色に染めていた髪は、昨年4月の謝罪会見のときと同じ黒の短髪。ネックレスやブレスレットなど派手なアクセサリーも姿を消した。

試合が終わると四方に丁寧にお辞儀をして、コートへの出入りの際も必ず一礼する。ポイントを奪ったときのガッツポーズは控えめで、拳を握って「よし」とうなずく程度。「またコートに立たせてもらえる感謝の気持ちを持ってプレーしている」「たくさんの支えていただいた方への恩返しをしたい」。連日行った試合後の会見で笑顔をみせることはほとんどなく、「感謝」と「恩返し」という言葉を繰り返した。

意識して感情表現を抑えているようだったその桃田が、気持ちをむき出しにしたのは5試合目となる上田拓馬(28、日本ユニシス)との決勝戦。相手は日本が初優勝した2014年トマス杯(男子国別対抗戦)で代表として一緒に世界を取った実力者だ。1-1からのファイナルゲームは大熱戦となった。

自分に言い聞かせるような「よし」という声は、途中から「よっしゃー」と叫びに変わった。相手のスマッシュに身を投げ出して頭から飛び込み、拾えずに何度もコートに転がった。「勝ちたいという彼の気持ちをすごく感じた」と上田は言う。

16-18の劣勢から逆転勝ちすると、ひざまずいて顔をコートにうずめ、しばらく立ち上がらなかった。こみ上げる涙をユニホームの裾で何度もぬぐった。

個人的な感想だが、そこまでの彼の決まり文句のような言葉はあまり心に響いてはこなかった。そんな自分でも、この必死のプレーと姿には心を動かされた。少し目頭が熱くなってしまったほどだ。「また応援したいと思ってもらえる選手になりたい」という試合後の言葉も素直に納得できた。

殊勝な言葉をいくら並べても、礼儀正しい態度を取っても、心の中まではわからない。信頼を裏切る過ちを犯した人間が、再びそれを取り戻すのは簡単ではない。桃田の復帰には好意的な見方が多いようだが、ネット上のコメントなどを見ると、2割程度は「美談にするな」「まだ信じられない」などの否定的な意見も目につく。

鍛錬の成果、体引き締まる

アスリートの変化や心の状態は、やっぱりそのパフォーマンスに表れると考えている。格好や態度の変化は別にして、今大会の桃田のプレーで最も驚いたのは、動きのスピードや鋭さが以前より増したように感じたことだった。

体はやせて引き締まっていた。嫌いでこれまでほとんどしなかったランニングやウエートトレーニングに取り組んで、体重が3~5キロ減ったという。上田をはじめ対戦経験がある相手もそろって動きが速くなったとコメントするから、客観的にそうなのだろう。桃田自身も「以前より早くシャトルの下に入ることができる。ラリーが続いても疲れずに足が動く」と手応えを口にする。

一方で、ネットをはうように越えて落とす「ヘアピン」など、かつての武器だったネット際のショットは相手が強くなるほど単調になった。余裕があってもためがなく、リスクを取らないようにも見えた。ロブの精度ももう一つ。

スピードが上がったことによる微妙な感覚のズレと、真剣勝負の実戦から遠ざかっていたためだろう。桃田は「練習で同じ体育館で打っているなら、どう打てばどこに落ちるかわかるけれど、実戦の緊張感や相手の勢いを感じると違ってくる」と話す。

プレーからはっきり伝わるのは、昨年夏に練習再開を許されてから、桃田が厳しい鍛錬を自分に課してきたということだ。処分は無期限の出場停止だった。自業自得とはいえ、世間のバッシングを浴び、リオデジャネイロ五輪出場の夢を失い、いつになったら試合のコートに立てるのか出口が見えない状況で、よく自分を追い込み続けたものだと感心する。

会社の先輩やチームメートら身近な人たちが、常に彼に声をかけ、気持ちが切れないように励まし続けていたと想像できる。そこまで考えてようやく、桃田が「支えてくれた人たち」への「感謝」と「恩返し」を繰り返す意味がわかった気がした。

桃田は3年後の東京五輪のコートに立てるだろうか。楽観的だがそう難しくはないと思う。試合勘さえ戻れば、今年の全日本選手権で決勝まで進んで日本代表Aに復帰。次の1年間でグレードの高い国際大会のポイントを稼いで世界ランキングの上位に返り咲くという復活ロードは見えている。

気がかりな張りつめた雰囲気

ただ、少し気になるのは今の桃田が醸し出す雰囲気。「もう失敗は許されない」と自分を追い込んでギリギリに張りつめた糸のようにも感じた。これから負けることだってあるだろう。万が一、再び遠回りする状況になったとき、その糸は切れないだろうか。

桃田の復帰戦のころ、日本代表はオーストラリアで開催された男女混合の国別対抗戦、スディルマン杯を戦っていた。準決勝で日本は6連覇中だった中国に2-3で惜敗、男子シングルスで日本から貴重な1勝を挙げたのは林丹(33)だった。

08年北京と12年ロンドンの両五輪で金メダルを獲得した林丹は、20歳のときに世界ランク1位となって出場した04年アテネ五輪で初戦敗退の屈辱を味わっている。リオ五輪前に違法行為に手を染めて21歳の夢を絶たれた桃田よりはましだろうが、とんでもない挫折感とバッシングを経験したはずだ。

そのスディルマン杯で日本に敗れたマレーシアで、男子シングルスの1勝を挙げたリー・チョンウェイ(34)は北京とロンドンの決勝で林丹に敗れている。リオの準決勝でやっと林丹を破ったが、決勝はまた中国選手に屈して、3大会連続の銀メダリスト。それでも6月1日発表された世界ランクで1位に君臨する。

そんなバドミントン界の英雄たちの物語を振り返ると、まだ22歳の桃田には無限の未来が広がっていると感じる。韓国バドミントン界の英雄でもある日本代表の朴柱奉(パク・ジュボン)監督は復帰した桃田にこんな言葉を贈った。「彼のバドミントンライフはまだまだまだ」

20年でも24年でも28年だって大丈夫。どん底を味わった桃田がまた輝くことができれば、どれだけ多くの人が救われるだろうか。焦ることなど少しもない。

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