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佐藤琢磨、夢追い続け道通じたインディ500制覇

勝利のために佐藤琢磨(40)はすべてを懸けて走り抜いた。5月28日、米伝統の自動車レース、第101回インディアナポリス500マイル(インディ500)。佐藤は残り5周で、外からトップを走るエリオ・カストロネベス(ブラジル)を抜き去った。最高速度380キロに達する中でのぎりぎりのせめぎ合い。カストロネベスの必死の追い上げを絶妙のコース取りで封じ込め、トップを守り抜く。3時間を超えるレースをわずか0秒2差で制し、日本人初の栄冠に輝いた。

1911年に第1回大会が開催されたインディ500は、F1シリーズのモナコ・グランプリ、耐久レースのルマン24時間と並び世界最高峰と称される。その最高速度はF1をしのぎ、周回コースを走るレースとしては世界最速を誇る。予選を通過した33台のマシンがスリップストリームを駆使して、オーバーテイクを繰り返す。サイド・バイ・サイド、テール・トゥ・ノーズでの競り合いが繰り広げられ、単一のスポーツイベントとしては世界最大の観客(今季は35万人)が詰めかける。

「ノーアタック ノーチャンス」

5年前、その最高峰の大会を制する一歩手前に佐藤は近づいていた。2012年のインディ500の最終ラップ。トップを走るダリオ・フランキッティ(英国)に佐藤はコーナーで勝負をしかけた。果敢にフランキッティの内側をついたが、マシンはリアのグリップを失ってスピン。制御を失ったマシンは壁に激突し初優勝を逃した。

勝負を仕掛けた佐藤の走りに対し、「大胆に攻めすぎたのではないか」「勝負を急ぎすぎた」などと、様々な声があった。安全策をとっていれば2位を確保することはできただろう。だが、目指しているのはそこではないから悔いはなかった。佐藤が信条としている言葉がある。「ノーアタック ノーチャンス」。勝負しなければ、勝利はない。インディ500制覇という偉業を前にして、勝負を仕掛けないという理由はなかった。

インディ500でたたえられるのは勝者のみ。2位に与えられるのは"Fastest Loser(最速の敗者)"の称号だ。佐藤は常に前へ、隙があればためらうことなく勝負を仕掛けていく。その根底にあるのは「車の性能を百パーセント引き出し、1000分の1秒でも速く」という考え。両者には通じるものがあるのだろう。

英国のF3で元F1王者のアイルトン・セナに並ぶ年間12勝をあげて総合優勝を飾り、佐藤は02年にF1にステップアップした。当時は福田良がフランス、金石年弘がドイツのF3を制していた。有望な若手がひしめき合っていたが、その走りはひときわ輝いていた。当時所属したジョーダンの代表エディー・ジョーダン氏は「実力でF1に登り詰めた日本人は佐藤が初めてだろう。彼はGPに勝てる力を秘めている」とまでたたえている。

ただ、かつては中堅チームとして結果を残していたジョーダンも、この年には資金繰りに苦労してテストもままならなかった。それもあって「限界を超え、攻め続けることで底上げをしたい」と話したことがある。「速さを99にして安定に1を割くより、100の速さをアピールしたい」とも。その切れ味鋭い走りはどこか危うさを秘め、ファンの心をとらえたものだった。

佐藤自身が「あの頃はハイリスクな状態で走っていたかも」と話すように、積極果敢な走りはもろ刃の剣でもあった。実際、佐藤はBARホンダで04年の米国GPでF1唯一の表彰台(3位)を経験しているが、その前の欧州GPでルーベンス・バリケロ(ブラジル)に勝負を仕掛けて表彰台をふいにしている。今では「プッシュすべきでないときは抑える」走りもできるが、無理な勝負を仕掛けてリタイアを繰り返した時期もあった。

攻め一辺倒の走りに変化が見られたのは資金不足で、まずは完走するのが第1目標という弱小チームだったスーパーアグリ(06~08年)の在籍時だろうか。「僕のベストレースの一つ」と振り返る07年のカナダGPでは明らかに戦闘力の劣るマシンを巧みに操り、最後はフェルナンド・アロンソ(スペイン)を抜き去り6位でフィニッシュという会心のレースも見せている。

もっともスーパーアグリは資金難から08年シーズン途中でF1から撤退を余儀なくされた。佐藤も10年から舞台をインディカー・シリーズに移すことに。ただ、チームの資金力、開発力でマシンの力の差が大きいF1と比べ、インディカーはシャシーは同一でエンジンはホンダとシボレー。ほぼ同一条件なのでドライバーの技量の差が出やすい。レースのほぼ半分を占める楕円形のサーキットを周回するオーバルコースでは頻繁にオーバーテイクが繰り広げられる。積極果敢に攻める佐藤の走りに合っていたともいえるだろう。

才能や環境より、まず気持ち

高校時代に部員1人だけ自転車部を立ちあげ、インターハイで優勝した。そのキャリアをなげうち、幼い頃から憧れていたモータースポーツの世界に19歳で飛び込んだ。アロンソやルイス・ハミルトン(英国)らトップドライバーの多くが幼い頃からレーシングカートで腕を磨く世界。スポーツにおけるエリート教育の利が大きい中、幼いときからレースの基礎を学べていたらと思うこともあったという。だが「最後は気持ち。まず気持ちがあって、才能があり、環境がある」と信じ進んできた。

F1の米国GPで3位表彰台を手にしたとき、「これはまだ始まりにすぎない」「勝負はこれから」と思っていたという。しかし、その後は何度も挫折を味わった。それでも「夢をあきらめなかったから、道は通じた」と佐藤はいう。13年4月、米ロングビーチでインディカー・シリーズで初優勝を飾り、今季は「落とし物を拾いにいく」と挑んだインディ500を制覇した。

10歳のとき、鈴鹿サーキットでF1を観戦し、レースの魅力にとりつかれた少年は夢を追い続けた。30年後、遅すぎるスタートというハンディを乗り越え、40歳というベテランになりながら大きな夢をなし遂げた。もっとも偉業達成も通過点。インディカーシリーズ優勝、大会連覇とさらなる高みを目指すつもりでいる。

(馬場到)

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