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半世紀超えるアンダーカード 伝統の「むらさき賞」

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2017/5/27 6:30
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いよいよ28日に行われる日本ダービー。東京競馬場は早朝の開門から普段とは違う熱気をまとい、十数万人のファンを飲み込んだスタンドが一体となって、午後3時40分に始まる最高峰のレースを今か今かと待ちわびます。

その日本ダービーの1つ前に、毎年必ず行われるレースがあるのをご存じでしょうか。レース名は「むらさき賞」。準オープン(1600万条件)、芝1800メートル、ハンデ戦の特別競走です。

JRA-VANのデータベースで調べると、検索可能な1986年以降、ほぼ毎年、ダービー当日に行われてきたことがわかります。それ以前の競馬番組表を調べても、やはり毎年、むらさき賞は日本ダービー当日に組まれていました。むらさき賞は長い間、日本ダービーのアンダーカード(前座レース)としてその名を刻み続けています。

創設当初から前座レースに

果たしてむらさき賞はいつ創設され、いつから日本ダービーのアンダーカードとなったのか。個人的にもずっと気になっていた質問を、日本中央競馬会(JRA)にぶつけてみました。

「むらさき賞の創設は59年で、その後はほぼ毎年、日本ダービー当日にハンデ戦で編成されています。創設当時は重賞競走以外の特別戦は『四歳中距離特別』『短距離ハンデ』『四歳抽籤(せん)馬特別』といった名称がほとんどで、特別戦にこうした競走名を用いるのはまれだったといえます。競走距離は59年から72年までは芝2300メートルで、73年以降は基本的に芝1800メートルで実施しています」

1959年のむらさき賞の成績公報

1959年のむらさき賞の成績公報

創設当初から日本ダービーのアンダーカードであったのですね。今から58年前、59年の成績公報を調べたらありました。5月24日(日曜日)、コマツヒカリが第26回日本ダービーを制した日です。

この日は全11レース制で、前半はアラブ系競走や障害競走、サラブレッドの未出走戦と未勝利戦が組まれ、第7レースに四歳ステークス、そして第8レースが芝2300メートルのハンデ戦、むらさき賞でした。初代勝ち馬はアサヒデ、あん上は当時デビュー3年目の増沢末夫騎手。その後の第9レースに見習騎手競走が組まれ、第10レースが日本ダービーという競走順でした。

同年の成績公報を見ると、特別競走のほとんどが前記の通り、「短距離ハンデ」や「四歳特別」といった汎用性のあるレース名でした。後年、重賞に昇格した「福島記念」「函館記念」「CBC賞」などを除くと、現在でも同じ名称で行われている特別競走はほとんどなく、むらさき賞のほかは「ニューイヤーステークス」や「大雪ハンデキャップ」程度です。特別戦であっても、1年の間に同じレース名の特別競走が複数回行われたり、ほとんどがハンデ戦であったりと、58年も前の話ですから当然といえば当然ですが、現在のレース体系とは大きく違っていました。

なぜむらさき賞は58年後の今も、同じレース名、日程で行われているのでしょうか。

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