AR、VRをつなぐMR マイクロソフトが狙う世界は?
西田宗千佳のデジタル未来図

2016年は仮想現実(VR)元年だと言われた。16年10月にソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)が発売した「PlayStation VR」は半年以上過ぎた17年5月現在でもいまだ品薄だという。
また、16年にヒットしたスマホゲーム「ポケモンGO」では風景の映像にCGを重ねて表示する拡張現実(AR)を使っていた。
これらVRやARに対して、マイクロソフトが現在力を注いでいるのが複合現実(Mixed Reality=MR)だ。17年5月10日から13日までアメリカ・シアトルで開催された開発者会議「BUILD2017」でも、クラウドやAIとともに、大きなテーマに据えられていた。
しかし、MRといきなり言われてもVRやARと何が同じで何が違うのかわからないだろう。実際、MRの説明を聞いてもかなりわかりにくいのであるが、それを理解することでマイクロソフトがこれからやろうとしていることがおぼろげながら見えてくる。
VRとMRの違いは「透明度」?
米Microsoft Technical FellowのAlex Kipman氏は次のように説明する。
まず、下の写真をご覧いただきたい。オフィスの机にPCが置かれ、女性と犬がいる。

これは、現実世界の映像に「すこしだけ仮想の情報をまぜた」ものである。映像の中の犬はCGのバーチャルペットで、もともとの世界にはいない。机の上にあるウインドウやSkypeのアイコンも、仮想空間に描かれたものだ。このように、現実社会と仮想の情報が混じり合ったのがMRの一つの姿だ。
しかし、これだけだと、これまでのARと何の違いもない。そこでもう1枚の写真をご覧いただきたい。

こちらの写真では、女性がCGの画像に置き換えられ、机や周囲の壁もCGに変わっている。仮想空間の映像だけで構成されており、これまでのARにはあてはまらないが、これを3Dのゴーグルを通して見ればVRである。
しかし、前の写真とこの写真の間には重要な共通点がある。どちらも構成している物体の構成は同じだ、ということだ。仮に、現実にある机や壁の位置に合わせてCGで別の映像を表示したらどうなるだろう? 見た目には現実とは異なるCGだが、「本当にそこにモノはある」ことになる。女性の動きもセンサーから読み取り、CGキャラクターに置き換えてしまえば、「あくまで表示されているのはキャラクターだが、女性は実際にそこにいる」ことになる。この考え方を活かすと、例えば、自分はいつもの会社のデスクに座っているのに、映像は豪華な机に眺めのいい景色……といった働き方も可能になる。
マイクロソフトのいうMRは、1枚目の写真も2枚目の写真も含んだものだ。実景が見えるかどうかは、現実と仮想を重ねる時の「透明度」のようなものに過ぎず、実景だけと仮想だけとの間に無数の段階がありえる。自分が生活したり仕事をしたりする空間を体験する時に、機器によって「現実と仮想の混ざり具合」が違うだけなのだ。ARだけでもVRだけでもない、これらをすべてひっくるめたのがMRである。
マイクロソフトが目指す「2つのMR」
では、マイクロソフトはMRをどういったデバイスで実現するのだろうか? 具体的に、現状では2つの領域に分かれる。
まずは「HoloLens」。マイクロソフトが16年から開発者向けに提供を始めたデバイスで、日本でも17年1月から開発者向けの出荷が始まっている。頭にかぶるヘルメットのようなデバイスだが、これ自体がPCでもある。ディスプレーはシースルー方式になっていて、外界の風景とCGが重なる形で目に入ってくる。

周囲にあるものや自分の手などはすべてHoloLensが認識しており、CGはそれらと自然に融合する。例えば、机の上にCGを乗せても、CGは机にめり込むことなく置かれる。壁にはウインドウが貼り付く。現実とコンピューターの映像が混ざりあったような風景であり、まさに複合現実といった風合いである。その品質と体験はこれまでのAR製品とは「桁違い」なもの。市場で手に入る製品の中では群を抜いた性能である。
HoloLens向けにはマイクロソフトやサードパーティがアプリケーションを開発しており、MRのイメージが少しつかめると思う。


ただし、現状HoloLensは「開発者向け」の製品で、価格が33万8000円(税抜き)とかなり高い。英語でのみ動作しており、日本語の入力や音声認識も出来ない。BUILD2017でも、次世代版や個人向け製品は発表されなかった。

もう一つはPCとセットで使うヘッドマウント・ディスプレー(HMD)タイプの「Immersive(没入的) Device」だ。
外界が見えるHoloLensと異なり、こちらは液晶で視界が遮られるHMDを使っているため、周囲の状況は見えない。現在の実装では、カメラなどを使って外の様子を投影して見ることもできない、とされている。

すなわち、他のVR用HMDとほぼ同じように使うものだ。世界に入ってしまうような表現が得意なので「Immersive(没入的) Device」と呼んでいるだけだ。筆者も実際に使ってみたが、使い勝手は、Oculus RIFTやHTC Vive、PlayStation VRといった、俗に「ハイエンドVR」と呼ばれる機器にかなり近い。
Windows 10搭載のPCは、今後のアップデートで本格的にMRに対応する。ハードウエアの準備と同調する必要があるため、17年秋の大型アップデート「Fall Creators Update」から本格的にWindows MRに対応することになるだろう。
マイクロソフト関係者によれば、年末の個人向け販売に合わせ、Windows MR用HMDを動作させる条件が緩和される。ひとつの目安としては、2017年に販売された、インテルの第七世代Core iプロセッサー(通称Kaby Lake)を使ったPCならば、外付けGPUなしで動作することを目標としている。すなわち、ゲーミングPCのような高価な製品でなくてもいいのだ。
VR関連ではグラフィック性能が低いと快適に使えないことが多く、最低スペックのものでどれだけWindows MRが快適動作するか、疑問もある。だが、マイクロソフトがPCと接続して使う「Immersive Device」において、入手と体験のハードルを低くしようとしているのは間違いないことだ。
例えば、Windows MR対応HMDは、設置の手間がほぼ不要だ。他のVR用HMDは、部屋にセンサーやカメラを設置して自分の位置を把握する仕組みなので、使うまでに結構な手間がかかる。それに対し、Windows MR対応HMDは、HMDの正面についたセンサーで位置を把握する「Inside-Out」と呼ばれる方式を採用しているためだ。ハンドコントローラーもHMDについたセンサーで検知するため、機器をセッティングする際に必要なのは、HMDをUSBとHDMIケーブルでPCにつなぐことくらいだ。HoloLensもInside-Out方式のセンサーを使っており、ここではプロジェクトの統一性が見える。
17年末には、このHMDが最低299ドル、ハンドコントローラーとのセットでも399ドルで手に入る予定だ。そうすると、他のハイエンドVR機器に比べかなり価格は安くなる。
マイクロソフトとしては、戦略的に安価で身近なラインを狙うことで、一気に普及させることを目標としているのだろう。
コアとなるOSはWindowsで統一
このように、現在はHoloLensは高価で開発者向けしかなく、Immersive Deviceは機能的にVRとほとんど変わらない。MRを一般ユーザーが実感するのは難しい。
筆者は、それでもKipman氏の発想に敬意を表する。表示形態によるジャンル違いにこだわるのはあまり意味がなく、重要なのは「なにが体験できるか」だ。そういう意味では、大きく違うように見えるVRとMRだが、その存在価値はきわめて近く、隣り合ったものである。そのためVR関連業界では、VR・AR・MRをまとめて「xR」などと呼ぶことも増えている。分けて考える必要が薄いからだ。
マイクロソフトは、下の写真のように、「現実に近いMR」と「仮想空間に近いMR」を両端に置き、中央に「ゲームのような仮想空間」を置いている。この全体を「Windows 10」というプラットフォームでカバーしよう……という計画である。

ゲームのような部分については、2018年に、家庭用ゲーム機「Xbox One」のパワーアップ版である「Project Scorpio」で対応する計画だ。HoloLensもProject ScorpioもPCも、コアとなるOSはWindowsで統一されている。その中で、「仮想空間で遊んだり仕事したりする環境」を整えることこそ、マイクロソフトがこれから「Windows MR」でやろうとしていることなのだ。
それが本当に出来るのか、そしてその時どのような作業環境が出来上がるのか? その答えは、17年末から見え始める。
フリージャーナリスト。1971年福井県生まれ。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、ネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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