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タカタの巨大リコール 「教訓」置き去り

世界で累計1億台近い車がリコール(回収・無償修理)となるタカタ製エアバッグ問題。特定の火薬の材料が長く高温多湿にさらされて、水分が浸入すると、作動時に破裂して金属片が飛び散る恐れがある。自動車メーカーが交換を急ぎ、巨額の潜在的な債務を抱えるタカタの経営再建の議論が進む。だが消費者にとって最も大事な安全、業界全体で巨大リコールの再発をどう防ぐかという"教訓"は置き去りのままだ。

決算発表するタカタの野村洋一郎取締役(中)

シェアの高さ裏目に

「弊社が製造した(火薬材料の)硝酸アンモニウムを搭載したエアバッグの事故で亡くなった方、けがをした方に心からおわび申し上げます」。東京証券取引所で10日に開かれたタカタの決算説明会で、野村洋一郎取締役は謝罪した。タカタ製エアバッグの異常破裂によるリコールはホンダ車で2008年に始まり、今秋で9年がたつ。事故の死者は16年までに米国だけで11人に上る。

日米の運輸当局は異常破裂の恐れがある火薬の材料「硝酸アンモニウム」を使い、水分による劣化を防ぐ乾燥剤が入っていないエアバッグの全量のリコールを決めた。タカタは1987年に日本初のエアバッグ搭載車を共同で開発したホンダを始め、トヨタ自動車、米ゼネラル・モーターズ(GM)、独BMWなど日米欧の自動車メーカー15社以上に供給している。

世界シェア2割のタカタ製エアバッグのリコール台数は累計1億台規模になり、費用総額は1兆3千億円以上に膨らむ。解決にかかる期間の長さ、規模ともに異例で「自動車産業史に残る事件だ」(日系自動車メーカー幹部)という。背景にはタカタの安全部品のシェアの高さ、火薬を使うエアバッグの特殊性、専門性の高い欠陥部品への運輸当局や自動車業界の備えの不足もある。

シートベルト、二代目で結実

タカタは1933年に高田武三氏が滋賀県彦根市で、繊維メーカーとして創業した。琵琶湖の豊かな水でもともと紡績業が盛んな地で、パラシュートの材料などを製造していた。自動車部品を造る転機は米国だった。武三氏は戦後、米国で視察した空軍基地でパイロットが乗る車のシートベルトを目にする。当時の米空軍は朝鮮戦争で亡くなる戦闘機のパイロットよりも、自動車事故で命を失うパイロットが多く、シートベルトを装着するようになっていた。

だが当時の日本の自動車生産台数は4万台規模で、彦根市内を走る車は100台に満たない。それでも武三氏は「国が発展すれば日本の車が増え、交通事故が増える。命を守る安全ベルトは必ず必要になる」と考え、日本で他社に先駆けてシートベルトの研究開発を始めた。61年に東京の赤坂プリンスホテルで日本初のシートベルトの発表会を開くが、1本2400円以上と大卒初任給の2割前後の価格で、在庫の山になった。

二代目社長の故・高田重一郎氏がエアバッグ事業を確立した

そこで2代目の高田重一郎氏はホンダ創業者の本田宗一郎氏に「人間の安全性も考えてほしい」と直談判し、設計段階から参加してシートベルトを搭載したホンダ車が発売となった。経済成長と共に消費者の安全への意識も高まり、シートベルトの生産は拡大。その後、チャイルドシート、エアバッグ関連、エアベルトなどを先行して開発し、同業も買収してタカタのエアバッグとシートベルトの世界シェアは約2割を占め「世界規模での調達に欠かせない優良サプライヤーだった」(自動車メーカー幹部)。

異常爆発、想定外だった?

しかしエアバッグの異常破裂で暗転する。タカタは2000年ごろ、エアバッグを膨らませるガス発生装置の火薬原料に硝酸アンモニウムを使い始めた。爆発力が強く、エアバッグ部品を小型にしやすく、作動しないリスクも小さい。だが07年ごろから米国のホンダ車でタカタ製エアバッグの破裂が起き、09年には死者が出た。成形圧力の不足など製造工程での不備でリコールするが、製造ミスのない製品でも不具合が起き、原因不明のままリコールが拡大していった。

 米運輸省高速道路交通安全局(NHTSA)は16年5月、研究機関の調査結果を踏まえ、「硝酸アンモニウムを乾燥剤をつけずに使用」「高温多湿下の環境に長期間さらす」「湿気を防ぐ装置が適切に組み立てられていない」などの条件が複雑に絡み合い、異常破裂が起きる可能性があると発表した。高温多湿の地では製造から6年、寒冷地では25年程度で破裂のリスクが高まるとした。

硝酸アンモニウムが特定の高い温度と高い湿度にさらされ、錠剤状の火薬内部に水分がじわじわと入って空隙ができると、燃焼面積が広くなって爆破力が高まり、エアバッグ内の金属容器を破壊するという構図だ。

エアバッグを膨らませるガス発生装置

独国営研究所はさらに自動車メーカーがエアコンの近くにエアバッグのガス発生装置を置いた場合、より湿気をおびやすいリスクも報告している。日本火薬学会の自動車用安全部品専門部会の堀恵一部会長は「一般的に火薬の経年劣化は燃焼速度が遅くなる。今回のリコールは逆で、燃焼速度が異常に上がって破裂に至っている。開発時には火薬の専門家でも予見し得なかっただろう」とみる。日米当局や自動車メーカーに火薬の化学反応に詳しい人材はほとんどおらず、特殊性が被害を拡大した面もある。

定期交換のルールなく

再発を防ぐにはどうすればいいのか。エアバッグ部品はタイヤなどと違い、見た目などで健全性は分からない。一度外し、機能試験をすることもできない。堀部会長は「高エネルギー物質を使う部品の品質を何十年も保証するのは難しい。車検制度の有無やコスト、交換技術の課題は多いが、定期的に交換すべきだ」と強調する。

1986年に火薬類取締法施行規則が改正されて「自動車用エアバッグガス発生器」は同法の適用を受けない火工品となった。加熱や振動、落下、火災などの試験をクリアし、安全性が評価されれば運搬や生産の規制が緩和される。だが本質的な問題は使用期限と、交換のルールがないことだ。同じく火薬を使い、車に積む発炎筒の使用期限は4年と定められている。

火薬だけではなく、自動車は今後、新たに専門性の高い技術が増えていく。自動運転に必要な高速通信、人工知能(AI)、電動部品の制御システムなど、自動車メーカーの知見の蓄積が薄い部品の利用が増える。自動車メーカーや運輸当局がすべての技術の専門家を抱えることは難しい。だが開発時に予見が難しい未知の不具合が出た時、部品メーカーの対応だけでは消費者は安心できない。

エアバッグの中長期的な管理を部品メーカーだけに任せることには限界がある=ロイター

被害を拡大しないためには運輸当局は分野ごとに、迅速に不具合に対応できる専門家とのネットワークや仕組みを構築する備えがいる。自動車メーカーも安全面ではより情報の共有や、対策での協業が必要になる。

「やり切る」理念むなしく

企業文化の礎を築いた重一郎氏は安全にかかわる部品について「やるからには徹底して『やり切る』ことが重要。99.99%達成したと思っても、最後の0.01%までやり切れたかどうかによって成果に大きな差が出る。生易しいことではなく、血のにじむような努力や体力、知力が必要だ」と社内で繰り返していた。

タカタとエアバッグを共同開発したホンダの創業者、本田宗一郎氏も1958年にスーパーカブを発売してヒットした後、「顧客にとって製品は1万分の1ではない。1台1台が企業の全信用を担っている。120%の良品でないといけない」と戒めている。

命を守るエアバッグ部品が異常破裂し、車の乗員を危険にさらす恐れが出た今回の大規模リコール。部品を開発し、製造したタカタの責任は重い。だが火薬の経年劣化によるリスクがあるエアバッグの中長期的な管理は部品メーカーだけでなく、国、自動車メーカー、整備工場など業界全体で解決策を考えないと再発防止は心もとない。タカタ1社の問題ではなく、日本の自動車業界全体の安全への姿勢も問われている。

(次ページにタカタ創業家インタビュー)

 シートベルトやチャイルドシート、エアバッグなど自動車の安全部品で成長し、創業84年目を迎えたタカタ。エアバッグのリコールの拡大を防げなかった背景、再発防止への取り組みについて、故・高田重一郎氏の妻で元取締役の高田暁子特別顧問に聞いた。

部品メーカーとしての限界

高田暁子(たかだ・あきこ)氏 1978年タカタ入社、91年取締役、95年常務、2001年取締役相談役、07年から特別顧問

――世界で初めて運転席用エアバッグの量産を始めた歴史がありますが、大規模なリコールを起こしました。

「交通事故の死傷者ゼロを目標にシートベルトやチャイルドシート、エアバッグなどの自動車用安全システムを時代に先駆けて開発してきた歴史があります。品質が最重要で、先代(故・高田重一郎氏)は『自動車メーカーの理解、協力体制があってここまでやってこれた』と亡くなる直前まで語っていました。安全を使命にし、リコールはいまだに信じられない状況で痛恨の極み。負傷された方、全てのステークホルダーに多大な迷惑をお掛けし、どんなにおわびしても許していただけないと感じています」

――2008年に米国で自動車メーカーが最初にリコールをしてからも、拡大が止まらなかった原因は何でしょうか。

「火薬は専門性が高く、異常破裂の現象を予見できませんでした。原因が不明な事例があり、個社での対応が難しく、自動車メーカーの協力が必要でした。ただ膨大な費用や米国での刑事・民事の訴訟などで責任の所在を争う形になり、本来の問題解決のための協力体制が思うようにできなかった面もあります。クルマの中に組み込まれる安全部品メーカーとしての限界もあり、問題が起きた時に自主的に動き、自動車メーカーともっと共同で取り組むべきだったと反省しています」

火薬製品 20年も保証難しい

――エアバッグは火薬を使い、車の衝突から100分の1秒の精度で膨らむ精密部品です。再発防止の責任をどう考えていますか。

「一連の問題は(タカタが採用した火薬材料)硝酸アンモニウムを外すだけで解決しません。日米の火薬の専門家10人以上に会い、問題の原因を尋ねてきました。全員から『経年劣化がない火薬はない』『誰がエアバッグを永年保証にしたのか』という意見や質問を受けました。車は販売から20年利用されることもあり、ほかの火薬を使ったエアバッグでも経年劣化のリスクはあります。エアバッグが膨らまない事例などが起きています。部品メーカーが火薬を積んだ部品の性能を20年も保証することは難しく、安全に回収したり、定期的に交換したりする仕組みを自動車業界全体で考える時期だと強く思います」

――米国など車検制度がない国が多く、実現は難しいとの見方もあります。

「定期点検をしやすい部品構造にしたり、コンピューター制御で例えば6年間で交換時期のサインを出したりするようにはできると思います。交換には専門知識が必要ですが、各国の運輸当局や自動車メーカー、部品メーカーなどで制度設計を議論することをのぞんでいます。このようなリコールが業界として再発しないことが大事で、米国政府にも車検制度やエアバッグの定期交換制度の必要性を訴えにいこうと考えています」

再建策、知る立場にない

――創業家はタカタの株式の過半数を保有しています。経営再建のスポンサーとして中国・寧波均勝電子傘下の自動車部品メーカー、米キー・セイフティー・システムズ(KSS)が有力とされていますが、再建策についてどういった議論をしていますか。

「経営再建は外部専門家委員会に任せていて、自動車メーカーやスポンサー候補との会議に入っていません。知る立場になく、コメントできません。ただ事業は人間で成り立ち、良い技術者が辞めてしまったら元も子もなく、一番大事なのは社員です。スポンサーがどこというより、今回のようなリコールが再発しない確実な施策を各国当局、自動車メーカー、部品メーカーが協力して、利害関係や政治的な背景などの過去のしがらみをなくして考えていただきたいというのが願いです」

(聞き手は名古屋編集部 工藤正晃)

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