球場が呼んでいる(田尾安志)

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2軍生活にも光明あり 頂上めざし王道歩め

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2017/5/21 6:30
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売り出し中の若手を見るのは楽しい。今の阪神でいえば北條史也や糸原健斗、ここに来て中谷将大も活躍が目立ってきた。阪神の2軍拠点の鳴尾浜で初めて中谷を見たときは「1軍でやっていくのは難しいのでは」と思ったものだが、今の動きは見違えるほど。山の頂上が見えずにもがき苦しんだ2軍生活を経て1軍に上がり、大観衆の前に立った瞬間、一気に頂上が見えて生気がみなぎることがあるが、今の中谷もそんな境地なのではないか。

阪神・中谷の動きは2軍のころとは見違えるほどだ=共同

阪神・中谷の動きは2軍のころとは見違えるほどだ=共同

幸いにも私は中日に入った1976年、開幕1軍の座をつかんでプロ生活のスタートを切った。同志社大時代、プロ経験のある渡辺博之監督から「プロの投手と対戦して、うわっと思ったら時間がかかるぞ」と言われていたが、オープン戦では「うわっ」と思う投手はいなかった。大学の日本代表に入って米国の投手とよく対戦したが、彼らの球の方がよほど速く感じた。

志願した2軍暮らしが土台に

自信を胸に開幕を迎えたものの、主に代打要員で4月は無安打。このまま代打で1年を終えるのは将来的にプラスにならないと思い、コーチに「2軍で練習させてください」と申し出た。大学時代に関西学生リーグで首位打者(74年春の5割4分8厘は現在もリーグ最高記録)に輝いたことがあるが、当時は投手との二刀流。野手の練習をしてきていなかったので、外野守備と走塁を磨きたい思いもあっての2軍志願だった。

希望がかない、5月と6月は2軍で徹底的に鍛えた。誰よりも早く練習場に行き、体を動かす。他の選手たちがウオーミングアップを始めるころには一人、守備の練習をしていた。他の野手陣に追い付き、追い越すためには常に人の先をいかねばならなかった。2軍暮らしといっても、決して頂上が見えていなかったわけではない。守備と走塁のレベルを上げれば1軍で活躍できるという青写真があった。

プロ初安打は7月27日の巨人戦。代打出場で逆転の2点適時打を放ち、そこから左翼手のレギュラーをつかんだ。当時の左翼は、前年の75年に広島の山本浩二さんと首位打者を争った井上弘昭さんが守っていたが、この年は不振。チームが優勝争いから脱落していたこともあって、与那嶺要監督が私に出番を与えてくれたのは幸運だった。与那嶺さんといえば、大学時代の恩師の渡辺監督と首位打者争いをした人。これも何かの縁だろう。

1軍の水にもすっかり慣れ、最終的には規定打席に達しないながらも打率2割7分7厘を打ち、新人王を獲得した。1年目からある程度の成績を残し、16年間にわたる現役生活の土台がしっかりできたのも、あえて2軍行きを選んだからだと思っている。

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