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アスリートが備えるビジネススキルとは

編集委員 北川和徳

2020年東京五輪・パラリンピックを控え、アスリートのセカンドキャリアもしばしば話題に上るようになった。引退後に満足できる仕事に就けずに困窮する元選手は決して少なくない。スポーツ庁や日本オリンピック委員会(JOC)、日本スポーツ振興センター(JSC)なども対策を打ち出し、スポーツ界を挙げて取り組むべきテーマとして意識されつつある。

「引退後に幸せな人生を」

では、なぜアスリートの第2の人生をそこまでバックアップする必要があるのか。「スポーツでみんなを元気にしようと頑張ったのに、引退後に仕事も見つからずに苦しむのは気の毒だから?」。そう考える人が多いだろう。

総合印刷会社「山愛」(東京・文京)は2014年から競技生活を終えた元選手の就職を支援する新事業を展開している。担当する藤井頼子さんはアスリートのセカンドキャリアを充実させる大切さを、こう説明する。「スポーツに打ち込んできた選手たちが引退後に幸せな人生を送れなければ、子どもたちがスポーツをしようとしても周囲はとめるようになります。それではスポーツは普及、発展しません」

藤井さんは大学卒業後に6年間勤務した鉄道会社を辞め、この仕事をするために転職した。子供の頃からスポーツ、特に野球が好きで、阪神タイガースの大ファン。転職してまでアスリートのキャリア支援を担当したいと思ったきっかけは、大リーグでも活躍した伊良部秀輝投手(享年42)の自殺だったという。

山愛の支援事業は今のところJリーグなどサッカー選手が中心で約450人が登録。引退後のカウンセリングや求人企業の紹介はもちろん、現役選手向けの研修、入社に向けての実習、さらに入社後にきちんと適応できるようにアフターケアまでする。事業立ち上げからこれまでの3年間で約110人(うち元Jリーガー50人)のアスリートの再就職を世話している。

では、スポーツに打ち込んできた元アスリートたちは実際に企業の戦力としてはどう評価されるのか。優秀なビジネスマンとして活躍できるのか。「スポーツばか」という言葉があるように偏見に満ちた見方もあるが、本来スポーツは人を育てるものと考えられている。スポーツをしてきたからこそ磨かれるビジネススキルとはなんだろう。トップアスリートを取材してきた記者として、ずっと考えているテーマでもある。

アスリートのセカンドキャリアをテーマにしたシンポジウムで講演する神田義輝さん=山愛提供

藤井さんの上司であり、同事業の責任者を務める神田義輝さんに聞いてみた。神田さんは早大サッカー部出身。転職支援サービス大手のリクルートエージェント(現リクルートキャリア)に入社し、Jリーグキャリアサポートセンターへの出向などを経て、アスリートのキャリア支援ビジネスを起業。山愛がそれを丸ごと受け入れる形で、同社の新事業は始まっている。

神田さんによると、残念なことにアスリートたちの知的基礎能力が劣っている傾向は確かにあるという。簡単にいえば、学生時代に遊んでばかりいて勉強をしなかった若者と同様、「学力試験」に弱い。当然のことだが個人差は大きく、スポーツと勉強を両立させてきた学業優秀なアスリートもたくさんいる。

対自己、対人、対課題スキルを生かす

一方で、スポーツ以外で一般的に彼らが普通の若者より優れている才能もある。それはまず、物事に対処する姿勢や心構え。そして業界や職種の枠を超えて通用する「ポータブルスキル」と呼ばれるものだという。具体的には自己を管理し行動や考え方をコントロールする能力(対自己スキル)、仲間や顧客とのコミュニケーション能力(対人スキル)、課題を設定して解決策への道筋を考えて遂行する能力(対課題スキル)。

「目的達成への意識が強い」「目標が定まれば成長スピードが速い」「チームワーキングに優れ、チームの目標達成のために主体的に行動できる」「結果が大事という意識が徹底し、ただ会社に長時間いるだけで仕事をしたなどと考えない」などの長所がある。これらは大人になってから簡単に身につけられるものではない。もちろん、チーム競技と個人競技など、打ち込んできたスポーツによっても発達する能力は違う。

客観評価は難しいが、幼い頃から自己に鍛錬を課し、高い目標を常に意識して日常的に厳しい真剣勝負の場に身を置いてきた若者が、こうした能力を備えるのはごく自然なことだと思える。より高度なレベルで戦っているアスリートほど、こうしたポータブルスキルもより磨かれていると個人的には感じる。

とはいえ、元選手の就職事情はやはり厳しい。パソコンによる情報処理、語学力、特別な資格など、すぐに役立つビジネススキルを通常は身につけていないこともあるが、それ以上に、競技への未練を残したまま第2の人生に臨むことが問題となる。

華やかな舞台から引退する日は必ずやってくる(4月の広島―仙台戦)=共同

アスリート人生で培った能力も、次の目標が明確に定まってこそ発揮できる。神田さんが仕事を求める引退選手のカウンセリングで最も重視しているのも「喪失感を癒やし、次のステップときちんと向き合えるようにするキャリアトランジションへのケア」だという。

今ではJリーグはJ3まで拡大し、BリーグもB3まで、野球では地域の独立リーグがある。企業スポーツは所有から支援へと形が変わり、バイトをしながらでも競技を続けて夢を追う若者はますます増えていくだろう。プロ野球やJ1、五輪など華やかな舞台に立つことはできなくても、彼らがアスリートだからこそ備えることができたスキルを生かし、リスペクトされるセカンドキャリアを送るようになれば、スポーツの価値は飛躍的に向上するはずだ。やっぱりスポーツ界が一丸となって取り組むべき問題だと思う。

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