2019年8月20日(火)

舞台はスポーツ不毛の異国 ソフトテニス荻原雅斗(上)
カンボジア代表ヘッドコーチ

2017/5/6 6:30
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ぷにっとしたゴム製の球を用いたソフト(軟式)テニスという競技を、誰もが一度は目にしたことがあるだろう。テニスボールが高価だった明治時代、気軽にできるよう日本で考案された。中学校の部活動での人気は抜群で、部員数は運動部最多の約36万人を誇る。いわゆるテニスと違い、ダブルス形式の1セットマッチが基本で、国内の愛好者は約700万人に達する。

スポーツの環境が整っていないカンボジアで奮闘する荻原(右)。「ゼロから創り出すことが楽しい」

スポーツの環境が整っていないカンボジアで奮闘する荻原(右)。「ゼロから創り出すことが楽しい」

今は国際統括団体もあり、1975年から世界選手権も行われている。ただ、競技の世界的な普及は道半ばで表彰台は日本、韓国、台湾がほぼ独占状態。日本や韓国が主体となり、普及に乗り出している。

学生日本一を経て伝道師に

グローバル化の一翼を担う若者が、東南アジアのカンボジアにいる。高校、大学時代に3度の日本一を経験した荻原雅斗(26)。2年前、仕事の都合で渡った同国で代表チームのヘッドコーチ(HC)に就任した。「ゼロから創り出すことが楽しい」と目を輝かす。

カンボジアは1970年代のポル・ポト政権時代の後遺症で、国民にスポーツが根付いていない。荻原も肩書こそ代表HCだが、コーチにマネジャー、トレーナーと一人何役もこなす。

同国ソフトテニス連盟は3年前に発足したばかり。首都プノンペンにあるテニスコートはボロボロで、用具も満足になかった。荻原は日本の企業や競技団体から中古のラケットやボールを提供してもらった。英語やカンボジア語も満足に話せないなかで、自ら同国オリンピック委員会などに働きかけ、海外遠征費の援助を引き出した。現在、プノンペンのオリンピックスタジアム敷地内には初の屋根付きコートが建設中だ。

男女10人ほどの代表選手は12~35歳と幅広い。硬式からの転向組もいれば、ストリートチルドレンだった子もいる。選手たちは「自主性に欠けるが、言われたことは百パーセントやろうとする」と荻原。スポーツの楽しさ、勝負の厳しさを知り、前向きに取り組んでほしいとの考えから、あえて一から十まで指示はしないことを心がける。

HC就任1年半が経過した昨年11月、荻原は千葉で開催されたアジア選手権に代表チームを率いて出場。国別団体戦の男子でカンボジアは1回戦で敗退したチームによる順位決定戦を勝ち進んだ。"決勝"は敗れたものの、"銀メダル"を首から下げてもらった選手たちは大喜びした。

実は1回戦を勝てば、次は日本と当たる組み合わせだった。勝ち目のない戦いに挑むよりも、順位決定戦に回ってでも「戦果」が欲しいとカンボジア連盟関係者は訴えた。無気力試合のような姿勢で臨むことは荻原には抵抗があったが、受け入れた。その結果、現地のメディアなどが空港で出迎え凱旋帰国のようだった。

「スポーツ振興が遅れている国で、マイナー競技を根付かせるのは一筋縄ではいかない」。苦労は絶えないが、自らが愛したスポーツの伝道師のつもりで奮闘している。(敬称略)

〔日本経済新聞夕刊5月1日掲載〕

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