1つの種目に固定しない 子どもに正しい走り方を(下)
ランニングインストラクター 斉藤太郎
小学生や中学生のお子さんを持つ保護者の方々から「今の時期に取り組むべきことは何ですか?」という質問をよく受けます。シリーズ「子どもに正しい走り方を」の最終回はこの点について考えてみたいと思います。
■サイズはまだまだ大きくなる
小学生から中学生にかけては、身長が1年間に10センチ近く伸びることも珍しくありません。服もシューズのサイズもあっという間に小さくなってしまいます。背が高くなるということは、脚も腕も丈が伸びていくということです。ランニング中に振り子のようにスイングを繰り返している脚と腕。この先も伸びる過程にある子どもの脚と腕がスイングするのと、大人の理想のフォームとでは意味合いが異なることを押さえておくべきです。

運動の力の伝達は「体幹→末端」という順番が基本です。体の幹と書いて体幹。木に例えると、太い「幹」から生み出したエネルギーを細い枝先へと伝えるイメージ。投げる、蹴る、走る、さまざまな動作において、おおむねこの基本が当てはまります。一番始めは体幹から生まれた力。それを上手に腕先、脚先へと伝えられるかどうか。このあたりが大切なチェックポイントです。
■振り子の丈、伸び続ける時期
腕や脚の振り子がこの先もまだまだ伸びる将来を控えていての今の走り(ランニングフォーム)だと言いました。大人と比べて振り子が短い。ということは、その分、楽に大きく動きますが、一方で粗削りな面が伴います。脚は腰の位置よりもはるかに高く上がり、腕振りでは肘を後ろにグイグイ引くことができます。コーナーリングで外側の腕を思い切り回すように振りながら走る子もいますが、ああいった粗削りなところが特徴です。
このような成長過程でフォームを細かく固定してしまうアドバイスは避けた方がよいでしょう。きれいな軌道を描くこと、いわば洗練された動きを求めるよりも、体幹から末端への力の伝達ができているかをチェックしながら動作の勢いを大切に見守ってあげてください。
体幹が固まってしまった子や、膝から先で走るような子には、いま一度、力の伝達の基本を身につけるために2つのメソッドを紹介します。
肘・膝が床を擦るようにハイハイし、体を起こしてダッシュ。肩甲骨と骨盤を使った走り方が体得できます。
(2)大きく振りかぶってのボール投げ(オーバーハンド)
大きく体幹をしならせて生み出した力を指先に伝えて弧を描くようにボールを投げます。私はよく「釣りざおみたいに体を大きくしならせて」と例えています。

タイムや回数重視のトレーニングには疑問を感じます。同世代で実業団まで競技を続け、全日本中学校選手権で優勝した方が言っていました。「ピューっと気持ちよく走れていた中学生の頃の感覚が最高だった。その後はあの感覚は取り戻せなかった」。理由は特定できませんが、身体の丈が落ち着いたときに最も感触よく走れるフォームが身についているのが理想ではないでしょうか。
回数重視ではこんな弊害も。「腹筋30回」と指示したとします。体育座りから上体を倒し、下腹部の筋肉を使って持ち上げるスタンダードな形。ここで回数に意識が向くと肩をガチガチに力ませ、背は猫背。息を止めるような力みで30回をこなす子が出てきます。これでは単に腹筋動作のための腹筋運動にすぎません。「腹筋を使う際は肩も同時に力を入れる」というセットのプログラムが脳にインプットされてしまい、頑張る局面で肩をいからせ、歯を食いしばり、浅い呼吸で走ることになります。効率が悪い走り方です。
数字重視の育成になると、このようなことがいろいろと出てきます。正解は1つではありません。子どもたちの体の大きさや重さを踏まえ、重力と付き合い両足で立って生活する地球上でどのような運動をしようとしているのか。教える方は、そんなアングルからも熟考してメソッドを導き出すべきかと思います。
■腕を振る
「腕を振りなさい」。先生から何度となく聞くアドバイスですが、前にも後ろにもたくさんの力を使って腕の振り子をスイングさせる子が多くいます。しかも、真面目な子ほどかたくなにそれを守ります。
遊園地にバイキングの乗り物があります。船が持ち上がり、落ちかけるときに加速させ、あとは惰性で反対側に持ち上がっていく。これを繰り返しながら右に左に弧を描き、だんだん高い位置へ船は上がっていきます。力を使うのは一瞬。あとは重力を上手に利用しています。

物体が落ちかける瞬間に一瞬、力を使う。この一瞬に力を入れる感覚が身につくと動作にメリハリが生まれ、一歩の推進力が大きく改善されます。腕は前後に振るというよりも、振り落とす感覚を大切にしましょう。
ほんの一瞬のしかるべきタイミングだけ力を使い、あとは重力と腕の重たさに任せて腕を振り落とす。そうすると着地する足に強い力が加わり、スムーズに前に進むことができます。そんなオンとオフの繰り返しで腕を振れるよう感覚を研ぎ澄ます練習を重ねてみてください。
似た仕組みにバスケットボールのドリブルがあります。ボールが落ち出すときに適切な力を加えれば美しいドリブルになりますが、タイミングお構いなしに、力で叩きつけるようなやり方だと不安定で続きません。
振り子のメカニズムをもう少し発展させます。力まず重力を味方にしようと思えば、腕や脚の振り子はロープのように捉えることができます。頭と背骨とでお裁縫の「まち針」をイメージ。まち針には腕と脚の計4つのロープが生えています。ロープが重力に身を任せる感覚で様々なドリルに取り組みます。私が指導しているジュニアランニング教室ではこの感覚で四肢を動かし、以下のように多種目のスキップに取り組んでいます。
・両腕を同時に前回転させながら
・同じく後回転させながら
・横向きで
・正面を向いて小さく、速く
スキップと、ゆったりしたランニングを交互にする繰り返しで取り組みます。ランニングを織り交ぜることで重力に逆らわない、柔らかい動きが徐々に身についていきます。
リオデジャネイロ五輪男子400メートルリレー銀メダリストの山県亮太選手は幼い頃、先生に「腰の横に2本の大根が伸びていて、それを両腕についている包丁でまっすぐに切り落とす。そんなイメージだ」と指導され、体の軸の近くで腕を素早く振り下ろす動作が身についたそうです(高野祐太、講談社「<10秒00の壁>を破れ!」より)。例え方は違えど同じような感覚だと感じました。
神経系の発達は12歳ごろに落ち着くといわれます。このころまでにたくさんのパターンの運動に触れておくことが大切という考え方が、ジュニア指導では浸透しています。そういう意味では1つの種目に固定して取り組む時期はもう少し後でもよいのではないかと思います。
英才教育で大成したアスリートもいますが「この時期を過ぎたら時すでに遅し」ではないことを押さえてください。将来、自ら欲してやってみたいと思えるスポーツに出合ったときに、そのスポーツの動作を速やかに体得できる身体の基盤を育むべき時期が今なのだと考えます。
「まっすぐ立てない」「歩くとすぐ疲れてしまう」「ボールの落下地点を予測できない」といった現状を耳にすることがあります。そんなとき、私には次のようなテレビ番組で見る光景が重なるように思えます。
生まれたばかりの野生動物がやがて親から狩りを習い出します。初めはしくじってばかりですが、親は本当に危ないときを除いて、その失敗にあまり干渉しません。子は失敗しながら少しずつ狩りの要領を得てくる。1頭のハンターとして独り立ちするときのための土壌を育む期間。親が子どもを見守るとはそういうことで、人間も動物も変わらないのでしょう。
2020年の東京五輪を控えて、五輪のための教育をうたう教室に講師として伺う機会が出てきました。主催者からは、ランニング技術の指導のほかにも心の持ち方などのアドバイスを盛り込んでほしい、と依頼されます。
恩師からの受け売りですが、よく「冷蔵庫の話」をします。当然ながら、冷蔵庫が中の物を冷やすのは電気が通っているからで、電気が止まれば庫内の温度を低く保つことはできません。
人間に例えてみましょう。「電気」はお父さんやお母さんからの「練習しなさい」「宿題やりなさい」といった言葉に当たります。ここで大切なのは、コンセントが抜けて電気が通っていなくても自分で冷やそうとできるかどうか。「しなさい」と言われてするうちはまだ楽なもので、自分が成し遂げたい夢に出合えたら、誰かに尻をたたかれる前に自分から動いて取り組みましょう。そんなお話でした。

さいとう・たろう 1974年生まれ。国学院久我山高―早大。リクルートRCコーチ時代にシドニー五輪代表選手を指導。2002年からNPO法人ニッポンランナーズ(千葉県佐倉市)ヘッドコーチ。走り方、歩き方、ストレッチ法など体の動きのツボを押さえたうえでの指導に定評がある。300人を超える会員を指導するかたわら、国際サッカー連盟(FIFA)ランニングインストラクターとして、各国のレフェリーにも走り方を講習している。「骨盤、肩甲骨、姿勢」の3要素を重視しており、その頭の文字をとった「こけし走り」を提唱。著書に「こけし走り」(池田書店)、「42.195キロ トレーニング編」(フリースペース)、「みんなのマラソン練習365」(ベースボール・マガジン社)、「マラソンと栄養の科学」(新星出版社)など。