競馬実況アナ日記

フォローする

あちこちに名残… かつて目黒に競馬場があった

(1/2ページ)
2017/4/29 6:30
保存
共有
印刷
その他

日本には、JRAと地方競馬を合わせて25の競馬場がある。東京都内には現在、東京競馬場(府中市)と大井競馬場(品川区)の2つがあるが、かつては目黒、池上、羽田、八王子にも競馬場があった。

その一つで、現在もわずかばかりの名残を残しているのが目黒競馬場だ。東京23区の南西部にある目黒は古くから牧場の多い場所で馬との関係が深く、東京大学教養学部のキャンパスのある「駒場」、オリンピック公園のある「駒沢」という地名が今でも使われている。そもそも「めぐろ」という名前も、目黒区史によると、「め」は駿馬の「め」、「くろ」は畔、あぜ道を意味しているとする説があるほどで、非常に馬と関係の深い土地だといえる。

バス停の名は「元競馬場前」

目黒競馬場は1907年(明治40年)に開場。府中に移転する33年(昭和8年)まで使われていて、第1回東京優駿(日本ダービー)も、目黒競馬場で行われた。

JR山手線目黒駅を背にして、目黒通りを西に向かって大きな坂を下ると、酉(とり)の市で有名な大鳥神社に出る。大鳥神社を左手に見ながら直進すると再び坂を上り、しばらくすると「元競馬場前」という名のバス停が見えてくる。

名種牡馬トウルヌソルの像は83年に建てられた

名種牡馬トウルヌソルの像は83年に建てられた

今は住宅しかないこの街に、1周約1600メートルの競馬場があった。古地図を見ると、目黒通り沿いに競馬場のスタンドがあり、その南側にコースが広がっていた。コースの一部はカーブのきつい路地として今も残っている。83年(昭和58年)には、後世に歴史を伝えようと、目黒通り沿いに記念碑が建てられた。日本ダービー初代優勝馬・ワカタカの父で、計6頭のダービー馬を輩出した名種牡馬トウルヌソルをかたどった記念碑はひっそりと歩道の隅に鎮座している。

「夜9時ごろ、厩舎の馬にそっと水をやってから、他人に気どられないように外へ出かけた。道は暗く、たんぼの間を通り、林が繁る山の間を抜けてゆかねばならない。人の噂では化けだぬきが出るという。いい気持ちではないが、私はりっぱな騎手になりたい一念で歩き、馬頭観世音にぬかづいた」(尾形藤吉著「競馬ひとすじ -私と馬の六十年史-」67年 徳間書店)

今から100年以上前の15年(大正4年)、後に伝説的騎手、そして大調教師となった尾形藤吉青年はレースに向かう気持ちを引き締めるために「茶絶ち、塩絶ちをして、夜おそく、2キロほどはなれた恵比寿駅近くの馬頭観世音に、21日間の願掛け詣(まい)りをはじめた」。

  • 1
  • 2
  • 次へ

日経電子版が最長2月末まで無料!
初割は1/24締切!無料期間中の解約OK!

保存
共有
印刷
その他

競馬のコラム

電子版トップスポーツトップ

競馬実況アナ日記 一覧

フォローする
香港カップをウインブライトで制し、喜ぶ松岡騎手

 毎年12月に行われる香港国際競走。昨年後半、香港では「逃亡犯条例」改正案への反発に端を発したデモが過激化しました。民主派のデモ隊と警察との衝突や空港の占拠などが報じられ、香港国際競走の開催にも影響が …続き (1/18)

大規模改修工事が行われる京都競馬場の完成予想図(JRA提供)JRA提供

 明けましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いします。2020年は待ちに待った東京オリンピックイヤー。日本にとって大きな一年になることは間違いない。では、20年の中央競馬はどうなるのか? …続き (1/4)

日本から3頭が参戦した凱旋門賞の本馬場入場。結果は惨敗…

 2019年の競馬界を振り返るとやはり、海外での日本馬の活躍が印象深かった。特に、記憶に新しいのは12月8日の香港国際競走。01年以来となる1日3勝は「日本馬強し」を世界に強烈にアピールした。日本馬に …続き (2019/12/21)

ハイライト・スポーツ

[PR]