/

心に響いた ドルトムントの熱気 マンUの気迫

難民や移民、英国の欧州連合(EU)離脱などの問題で揺れる欧州ではサッカー界も予想外の事件に襲われる。ドイツ・ブンデスリーガの強豪で、日本代表の香川真司の所属先としても知られるドルトムントの選手たちが爆弾の標的にされるという事件が4月11日にあった。当初はイスラム国(IS)絡みのテロ事件かと思われたが、先日逮捕された容疑者たちの目的は株価操作にあったというから、もはや世も末という感じだ。

欧州サッカー連盟(UEFA)チャンピオンズリーグ準々決勝第1戦を戦うためにホテルを出て、チームバスでホームスタジアムに向かう途中で事件は起きた。爆風でバスの窓は砕け、スペイン代表のバルトラ選手は腕を負傷。さすがに試合は翌日に延期されたが、ドルトムントはフランスのモナコに2-3で敗れた。19日の第2戦もモナコが3-1で勝ち、ドルトムントは準決勝進出を逃したが、この結果に爆弾事件が大いに影響したことは想像に難くない。

サポーターが勝たせた試合

モナコには敗れたが、私は、チャンピオンズリーグの2連戦の合間にドルトムントがアイントラハト・フランクフルトを3-1で下したブンデスリーガ第29節(4月15日)の試合に、心底感動した。テレビの画面を通しても「サポーターが勝たせた試合だな」という熱気が伝わってきたからだ。

キックオフ前にフラッグを両手で掲げ、歌で選手を励ますサポーターの姿に既に尋常ならざる気配が満ちていた。その熱気に背中を押されたように開始2分でロイスが先制点を挙げ、パパスタソプロスは勝ち越しのロングシュートを決めた。ゴールネットに突き刺さるような軌道はサポーターの魂が乗り移ったとしか思えなかった。

ドルトムントの選手は本当に大変だったと思う。サポーターがスタジアムで暴徒化して大ごとになるとか、サッカーでありがちな騒動とはまったく別次元の、選手が直接、襲撃の標的になるという事件だったから、受けたストレスは1日、2日で消化できるようなものではなかっただろう。

目立った外傷を負ったのはバルトラ選手だけだったが、爆発はバスのガラス1枚隔てた向こうで起きたのである。一つ間違えれば死者が出ていておかしくないし、それは自分だったかもしれない。そう思うと夜も眠れなくなって不思議はないし、ひょっとすると一生引きずるような心の傷を負ったかも知れない。クラブの首脳がチャンピオンズリーグの棄権を考えたというのも理解できる話だ。

フランクフルト戦はそういう事件があった直後の試合だった。スタジアムは物々しく警備され、常にない雰囲気だったと聞く。メンタル的に相当難しい試合だったろう。それを「プロだから」「仕事だから」と何とか前を向いて、無理やり気持ちを切り替えて集中したわけである。戦術がどうとか、体調がどうとか言う前に、精神的なたくましさが前提としてないと、とてもやれないことだったろう。

それをスタジアムに駆けつけた超満員のサポーターも分かっていたようだった。狙われた選手をサポーターの万雷の声で支えた。「このスタジアムでは俺たちが君らを守る」「君らには誰も手を出させないぞ」というように。選手も気迫に満ちたプレーでそれに応えていく。そんな関係が試合の中で浮き彫りになって見えたように思えた。

試合後のセレモニーにも感情を揺さぶられた。バルトラ選手のユニホームを真ん中において輪になった選手があげる雄たけびは、サポーターに感謝しつつ、決して理不尽な暴力には屈しないぞという意思表示にも見えた。

安心して観戦できる環境を

サポーターも思いは同じだったのではないか。自分たちの愛する選手を狙った不届き者をドルトムントの市民は絶対に許さないし、そういう暴力に対して町は一つになって闘っていく。そういう一体感が垣間見えた気がした。ある意味、スポーツの力のすごさを再確認したし、サポーターと一つになって、この苦境を乗り越えていくという強いメッセージに、私も本当に心からの拍手を送りたくなった。

6月にはワールドカップ(W杯)のプレ大会としてロシア各地でコンフェデレーションズカップが行われ、来年にはW杯本大会がある。今回のような事件があると、つくづくスポーツは平和を前提に享受されるものだと感じる。未来のある子供たちが安心してスポーツに打ち込み、観戦できる環境をつくっていく大人たちの責任も合わせて痛感するのだった。

感動させられたという意味では、中身はまったく違うのだが、イングランド・プレミアリーグのチェルシー戦(4月16日)で見せたマンチェスター・ユナイテッドの負けじ魂もすごかった。チームを率いる名将モウリーニョ監督の自己主張が濃厚に出た試合というか。

驚いたのはモウリーニョ監督が採用した守備戦術だった。GK以外のフィールドプレーヤー全員にマークすべき相手がいて、ゲームの最初は昔の高校サッカーを見ているような錯覚にさえ陥った。前線からチーム最多得点者のイブラヒモビッチを外したのは次戦のヨーロッパリーグのアンデルレヒト戦に備えて温存したというのが専らの見方だが、私はチェルシーの3バックに強烈なプレッシャーをかけるために、ラシュフォードとリンガードという若くて走れてボールを追いかけ回せるFWが必要なのだと受け取った。それほどマンUのマンマークは徹底していた。

マンマークの守りは見栄えは良くないし、マークの受け渡しをしないから効率も悪い。それでもあえて、それをやった監督が発したメッセージは明らかだろう。

「それぞれのデュエル(1対1)で絶対に相手に負けるな」だ。特にチェルシーのエース、アザールにぴったりと張り付いたエレラは監督から厳命されていたとしか思えないほどの密着ぶりだった。ほとんどアザールの影と同じ。「チェルシーのチャンスはアザールから生まれる。アザールを抑えたら勝てる。今日の試合はおまえにかかっている」くらいのネジのまかれ方を監督からされないと、あそこまでつけるものではない。

作戦は見事に図に当たった。チェルシーの攻撃を完全に封じ込め、攻めては7分にエレラの見事なスルーパスを受けてラシュフォードが先制し、後半にはエレラが追加点まで決めた。チェルシーのホームで完敗したリベンジをホームのオールドトラフォードで見事に果たしてみせた。

■マンUが見せた猛烈な意地

アザールに張り付いていたエレラが攻撃面でも活躍したのは単なる偶然ではないと思う。アザールを封じるという大役が彼の神経を研ぎ澄まし、守から攻に意識を切り替えたときにも、いい意味での"化学変化"がもたらされたように思う。

マンUにこういう守り方ができたのは基本的にどの選手も、日本代表のハリルホジッチ監督が言うところの「デュエル」に強いことが挙げられる。面白いと思ったのはマンマークを徹底することでチェルシーの守りの中心人物、カンテの良さも消せたことだった。相手のボールを奪うことにかけては欧州屈指の力を持つフランス代表がボールの取りどころをつかめず、戸惑い続けたように見えた。

また、先発から外された大黒柱のイブラヒモビッチが若い選手たちの活躍をベンチから眺めて笑顔を見せていたのも驚きだった。監督から「終盤の勝負どころがきたら投入するぞ」という因果を含められていたとは思うけれど、彼ほどのビッグネームを「今日は守備で勝つから出番は最後」と納得させてベンチに座らせる、モウリーニョ監督のボスとしての威令はさすがだった。そういうことができるのは本当に大きな試合、難しい試合に勝ってきたチャンピオンチームの監督ならではだろう。

チェルシー戦で使った手はそう何度も使えるものではない。自分が監督をしていた古巣に対して、意地でも勝ちたい、何にもやらせたくないためにとった手段という感じで、突然やられたチェルシーは面食らった感があった。

ゾーンでスタイリッシュに守るのが当世風であり、マンマークのディフェンスなどカビでも生えているように思われるかもしれない。モウリーニョ監督にすれば「これもサッカー」だろう。そういう戦い方を大一番でつくれるのがすごいし、やらせられるのもすごいし、それで勝ってしまうのもすごい。マンUの今季のプレミアリーグ優勝はないが、監督と選手の猛烈な意地だけは確実に見せてもらった。

久々に監督がどんな檄(げき)を飛ばし、それに選手がどう呼応したのか、「ロッカールームを見てみたい」と思えた試合だった。

(サッカー解説者)

春割ですべての記事が読み放題
今なら2カ月無料!

セレクション

トレンドウオッチ

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
春割で申し込むログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
春割で申し込むログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
春割で申し込むログイン