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イチローの勇姿 見納め? 3年ぶりシアトル帰還

スポーツライター 丹羽政善

米大リーグのマリナーズがイチローと契約したのは2000年11月のこと。その数年前、ほぼ創業時から米国任天堂の上級副社長などを歴任し、昨年までマリナーズの最高経営責任者(CEO)を務めたハワード・リンカーン氏(現米国任天堂相談役)は京都を訪れたとき、故・山内溥社長(当時)から尋ねられた。

いくらで入札したらいいのか

「リンカーンさん、イチロー・スズキという野球選手を知っていますか」

「いや、名前を聞いたことはありません」

眉をひそめるリンカーン氏に山内さんは続けた。

「じゃあ、覚えておいた方がいい。彼を獲得したいから」

00年オフ、大リーグ挑戦を決断したイチローがポスティングされた。忖度(そんたく)もなにもない。オーナーから直接、「取ってほしい」と言われているのだから、マリナーズとしては動くしかない。しかしそのとき、リンカーン氏は頭を抱えた。

「いったい、いくらで入札したらいいんだ?」

ポスティング制度は海外フリーエージェント権を取得する前のプロ野球選手が、米大リーグ移籍を所属球団に認められた場合に利用できる。同制度が適用されたのはそのときが初めて。前例もなければ、相場もない。

見たことも聞いたこともないモノの値段を言い当てるようなもので、しかも、間違いが許されない。漠然と1312万5000ドル(当時の為替レートで約14億円)という数字をはじき出したものの、確固たる根拠があるわけではなく、リンカーン氏は米国任天堂の荒川実社長(当時)に電話で相談をした。

「山内さんは、是が非でもイチローを欲しいといっている。でも、いくらで入札したらいいのか、見当がつかない」

すると荒川氏は、山内さんの意向を受けてかどうか、「じゃあ、5000万ドルで入札しよう」と応じたという。

「えっ? 5000万ドル!」

その額はさすがに冗談だったらしいが、結局、そのまま1312万5000ドルで入札すると落札に成功。リンカーン氏はおそらく、任天堂が米国で売り出した「ドンキー・コング」が、ユニバーサル映画から「キングコング」の著作権を侵害していると訴えられ、法務チームを率いて勝訴したときよりも、安堵したのではないか。

早速、日本へ飛び、イチローとの契約交渉が合意に達した後、リンカーン氏はイチローを伴って京都にある任天堂本社に山内さんを訪ねた。そのときのことが、今でも忘れられないという。

「一番、幸せそうだった」

「あのときほどうれしそうな山内さんを見たことがなかった。一番、幸せそうだった」

獲得を巡って、そうした様々な人の願いが込められたイチローが今週、3年ぶりにシアトルに戻ってくる。

「17日(日本時間18日)に会えるのを楽しみにしている」

先週、ワシントン州レドモンドの米国任天堂本社で、一連の経緯を懐かしげに振り返ってくれたリンカーン氏はおそらく、子供が、あるいは孫が帰ってくるときにみせるような優しい笑みを浮かべた。

同様に今回、特別な思いでイチローのホームカミングを待ち望む人は少なくない。

マリナーズの試合を中継する「ROOT SPORTS」のキャスター、ブラッド・アダムさんも心を躍らせる。

「アイツと、ジョークを言い合えるのも久々だ」

2人は昔、よく笑いながら話していた。例えば、どんな話をしていたのかと聞くと、「イチローの冗談は際どいものが多いから、オフレコじゃないと無理だ」と笑ったが、「たわいない話ばかりだよ」と言った。

「あるとき、イチローが俺のことを、『背が低い』って言うんだ。『いや、お前のほうが低い』って言い返したら、『じゃあ、測ろう』ということになった。そしたら一緒だった(笑)。いやむしろ、俺のほうが少し高かった」

本当にたわいない話だが、「だから、イチローもリラックスできるのかな」とアダムさんは言う。

「特別扱いされるよりも、普通に話がしたいんじゃないだろうか」

アダムさんは今回、18日の試合前にインタビューをする予定だそう。

どんなことを聞くの?

「お前、髪の毛が白くなったなぁ」

マリナーズもチームとして歓迎

マリナーズもチームとして歓迎する。広報部門のトップを務めるランディ・アドマックさんによれば、イチローが昨年8月に大リーグ通算3000本安打を放ったことを祝して、17日の試合前にセレモニーを行うそうだ。マーリンズが同様のセレモニーを30日に予定しているので、それよりも一足早く、ということになる。イチローが04年にシーズン最多安打を記録したときの写真とメジャー通算3000安打を達成したときの写真を1つのフレームに収め、マリナーズのジョン・スタントンCEOとケビン・マザー社長が贈呈するという。

また、シリーズ最終戦の19日には、当該選手がイチローとはいえ、相手チームの選手のボブルヘッド人形を先着2万人のファンにプレゼントする異例の対応をとる。その日は平日のデーゲーム(午後0時40分試合開始予定)でもっとも集客が難しいが、「今のところ、チケットも売れている」(アドマックさん)そうで、普段は7ドルの席を20ドルで売り出すなど、マリナーズも強気だ。

「(人形を)絶対にもらうとしたら、朝9時には並ばなければだめかしら。いや、8時半かな」と先週の段階でそわそわしていたのは、イチローの安打数をカウントする「イチメーター」で有名なエイミー・フランツさん。ニューヨーク、サンフランシスコ、日本から友達も来るそうで、4枚のシーズンチケットを持っているが、2枚買い足した。

「それでも足りないから、もう少し買わないと」

込められた思いは、人一番強い。

「イチローが、セーフコフィールドのライトでプレーするのは最後かもしれないから、やはり今回は特別よ」

確かに、その可能性はある。原則として、ナ・リーグ東地区のマーリンズとア・リーグ西地区のマリナーズは3年に1度、どちらかのホームで交流戦を行うことになっている。イチローがマーリンズでプレーを続けると仮定すれば、次にセーフコフィールドに来るのは23年、イチローが50歳になるシーズンだ。そもそももう、マーリンズにいるかどうかもわからない。もしも今年、両チームがワールドシリーズで対戦するとしたら話は別だが、それをイメージすることのほうがさらに難しい。

リンカーン氏ともイチローをセーフコフィールドで見るのは最後かもしれない、という話になった。するとどこか、意味深な笑みを浮かべながらこう言ったのが印象的だった。

「この世界では、何があるかわからないよ。何があっても……」

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