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織田信成さんと鈴木明子さんが描く 引退後の「挑戦」

フィギュアスケートの後進に伝えたいこと

「日経電子版50万人達成記念プレミアムトークライブ」で語り合う織田信成さん(中央)と鈴木明子さん(右)(3月23日、東京・大手町)

フィギュアスケートのトップ選手として五輪の舞台で戦ってきた織田信成さんと鈴木明子さん。引退後はプロスケーターをしながら、後進の指導に当たっている。第二の人生で、何を思い、何を目指すのか。日本経済新聞社が3月23日に開催した「日経電子版50万人達成記念プレミアムトークライブ」で語り合った。(聞き手は運動部次長 原真子)

――織田さんはテレビのバラエティー番組でも活躍していますね。

織田 テレビは大好きだったので、やるからには全力でやらせてもらおうと思っています。引退して、(テレビ番組に)呼んでもらっているだけなので、長くは続かないとは思いますが、自分は楽しんでいますよ。

――コーチとしての活動はどうですか。

織田 教えるのもすごく好きですね。選手たちが昨日まではできなかったことを、今日できるようになるのが、自分のことのようにうれしい。そういう経験を積み重ね、選手たちがフィギュアスケートを好きだと思って、現役生活を全うしてくれれば、うれしい気持ちはもっと大きくなっていくでしょう。

――自分ができるジャンプなどを、教えている選手ができないもどかしさはありますか。

織田信成さん

織田 自分もトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)や4回転ジャンプを体得するのに時間がかかりました。できなくて苦しい気持ちもわかりますから、そういう気持ちに寄り添って、わかりやすく教えられたらよいと思っています。

――鈴木さんは振付師としてのキャリアを歩んでいますね。

鈴木 現役時代、コーチをやりたいと思ったことは一度もありませんでしたが、振り付けについては、いろいろな振付師と出会って、「いいな」と思っていました。声をかけてもらいチャンスをいただいたときに「今、やってみないと逃してしまう」と思いました。

――振付師として難しいと感じていることはありますか。

鈴木 自分は(現役時代に)ジャンプよりも踊るのが好きだったので、音を聴いて、勝手に(振り付けの)イメージが湧いてきて、自分からやっていました。でも、選手一人ひとりで感じ方が違いますよね。「この音なら、こういう振り付けでしょう」と思ったら、それをしっかり伝えないと、たとえば指先まで「こうなんだよ」と指示しなければ、伝わりません。振り付けをしながら、そういうことを学んでいます。

――織田さんは振付師に関心がありますか。

織田 実は僕も最近、プログラムを振り付けてほしいと言われて、自分の生徒の振り付けをしています。わからないことがあると、アッコちゃんに連絡して「どんなふうに振り付けたらいいの」と聞いていますよ。

 ――鈴木さんは講演会で話をする機会も多いですね。

鈴木 選手のときは、しゃべるのはインタビューぐらいでした。自分が講演会で人に話をするなんてことは想像できなかったですね。でも、スケーターが滑るためにはリンクが必要だけど、しゃべることは全国どこでもできると思ったら、可能性が広がります。やりがいを感じながら、楽しくやっています。

織田 講演会の女王と呼んでいますよ(笑)。

――2人ともテレビや講演会の仕事をしていて、緊張しているようには見えませんね。

織田 いや、むちゃくちゃ緊張していますよ。フィギュアスケートのプログラムは何度も練習してきたものを本番で出しているから大丈夫です。練習してきた自信がありますからね。でも、テレビのバラエティー番組でのトークは何が起こるのかもわからないので、常に「対応できるかな」という緊張感がありますよ。

鈴木 いや、臨機応変じゃないですか(笑)。

鈴木明子さん

――鈴木さんは講演会では90分ぐらい話をするそうですね。

鈴木 スケートの演技は長くても、男子はフリーで4分半。女子は4分ですね。講演は90分間ずっと(聴衆を)引きつけていないといけないから、最初は出せるものを全部出して、終わるとヘロヘロでした。エネルギーが必要でしたね。今は対話するように講演できるようになり、話し終わってから「今日は楽しかったな」と思えるようになりました。

――今のキャリアを築くときに現役時代の経験が生きていると思いますか。

織田 現役時代、何ごとにもポジティブに臨もうという気持ちでやってきました。失敗もたくさんありましたが、しっかりと反省し「次は頑張るぞ」と、すぐにポジティブな気持ちに切り替えてきたことは、今の仕事にも生かせているかなという気がします。

鈴木 フィギュアスケートは練習で1回も失敗していないところなのに、本番で失敗しちゃうこともあります。でも、自分があきらめなければ、最後まで滑ることはできます。最後まで滑るためには、自分で立て直すしかないのです。「もうだめだ」と思うのも、「最後まで頑張ろう」と思うのも自分次第。今の仕事をしていても、自分があきらめなければ「失敗しても、立ち上がるぞ」という気持ちになれます。

――若い世代と接するときに、どんな助言をしているのですか。

織田 教えている生徒はみな一生懸命なのですが、オフの部分も必要です。それが頑張り屋さんたちは難しい。だから「頑張りすぎているな」と思う生徒がいたら、「休んでいいよ」と言うようにしています。

鈴木 今の世代は技術的に難しいジャンプをすることを小さいときから求められています。でも、フィギュアスケートは滑るという基本が一番大事。地味な練習だから飽きてしまうかもしれないけれど、「スケーティングの技術はどんなときにも変わらないから、身につけておくと役に立つよ」と説明しています。

 ――2020年に日本では東京五輪・パラリンピックが開催されます。3年後、自分は何をしていると思いますか。

織田 まず次の(18年開催の)平昌五輪ですね。僕は選手ではないので、直接は関係ないとはいえ、仕事やキャリアのうえで、この大会がひと区切りだと受け止めています。基本的に僕の仕事は冬季五輪に向けての循環で動いているので、(3年後のことは)来シーズンを終えてから考えたいと思います。

鈴木 バンクーバー、ソチと(冬季五輪の)2大会に出てみて、やはり五輪はパワーがあるものだと感じました。それが日本で開催されるのですから、ぜひ、皆で楽しんでほしい。五輪は出場する選手だけで成り立っているわけではありません。いろいろな役割があります。「何ができるのだろう」と皆で考え、行動して、世界中の人を受け入れる。それを考えると、大会が身近になると思います。子供が夢を持ってスポーツにチャレンジしていってくれると思うので、私も何らかの形で応援したいですね。

織田信成
 7歳からスケートを始め、2005年世界ジュニア選手権優勝。08年全日本選手権優勝。09年グランプリファイナル2位。10年バンクーバー五輪7位。13年に現役引退を表明。現在はプロフィギュアスケーターやコーチとして活躍するほか、タレントとしても活動し、テレビのバラエティー番組などにも出演する。
鈴木明子
 6歳からスケートを始め、2010年バンクーバー五輪で8位入賞。11年グランプリファイナル銀メダル、12年世界選手権銅メダル、13年全日本選手権で初優勝。14年ソチ五輪では2大会連続となる8位入賞。現役引退後はプロフィギュアスケーターとしてアイスショーに出演するほか、解説者や振付師としても活躍している。

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