サムスン新スマホ 画面とAIに託す汚名返上
佐野正弘のモバイル最前線

韓国サムスン電子にとって2016年は試練の年だった。秋に投入したフラッグシップモデル「Galaxy Note 7」が、相次ぐ発熱・発火事故を起こし大きな社会問題として取り上げられ、結果的に販売を中止するという最悪の結末を迎え、顧客の信頼を大きく損ねてしまったからだ。

例年であれば、2月にスペイン・バルセロナで実施される携帯電話の総合見本市「Mobile World Congress」で新モデルを発表するところであるが、17年はその発表を延期。新モデルの開発を慎重に進めてきた。
そして17年3月29日、満を持してフラッグシップモデル「Galaxy S8」と「Galaxy S8+」を発表した。今回の新機種はどのような特徴を備え、それが同社の信頼回復につながるのかどうか。筆者は米ニューヨークで開催された発表会へと赴き、実際に新機種に触れて確かめてみた。

強みを持つディスプレーを最大の武器に
Galaxy S8とGalaxy S8+は、ともに2016年春のフラッグシップ機だったGalaxy S7 edge同様、両側面がカーブしたデュアルエッジスクリーンを採用したスマートフォン(スマホ)だ。ただGalaxy S7 edgeと比べるとエッジの角度はより鋭角で、背面側の側面にも同様の丸みがあることから、手にフィットして持ちやすくなった。
両機種の違いはディスプレーサイズだ。Galaxy S8は5.8インチ、Galaxy S8+は6.2インチ。どちらも従来のGalaxy S7 edgeの5.7インチより大型だ。しかし、横幅を見るとGalaxy S7 edgeの72.6mmに対し、Galaxy S8は4.5mm狭い68.1mm。Galaxy S8+は73.4mmとS7 edgeより少し大きくなるが、5.5インチとずっと小さなディスプレーを持つiPhone 7 Plusの77.9mmより4.5mmも狭い。

これには2つ理由がある。1つは縦横比率。両機種のディスプレーの縦横比率はこれまでの主流の16:9ではなく、18.5:9とより縦長になっている。これによって、同じ幅でも画面サイズが大きくなる。この比率は、最近の映画コンテンツなどで採用されている21:9の比率により近く、動画を視聴する際に上下の余白が少なく、より迫力ある映像を楽しめるというメリットもある。Webサイトを表示するときも視認性が上がる。

もう1つの理由は「額縁」部分の狭さ。Galaxy S8/S8+は、左右だけでなく上下の余白部分も極限まで取り除いた"狭額縁設計"を実現。ディスプレーをそのまま持っているような感覚になるほど、ディスプレー占有度が高められているのだ。
一方で狭額縁設計のためか、従来のGalaxyシリーズではハードキーとして搭載されていたホームボタンが、ソフトキーに変更されている。だがホームボタン部分に感圧センサーを搭載することにより、ホームボタンを押し込んでスリープを解除するという、従来通りの操作はしっかり継承されている。ただし、指紋認証センサーは前面から背面のメインカメラ横へと移動した。


サムスンはGalaxy S8/S8+のディスプレーを「インフィニティーディスプレー」と呼び、最大の訴求ポイントとして打ち出している。同社は小型の有機ELディスプレーでは豊富な技術と実績を持つ。得意分野を前面に打ち出す戦略をとったといえそうだ。
物足りないカメラ性能の据え置き
一方であまり強化されなかったのがカメラだ。Galaxy S8/S8+のメインカメラはいずれも1200万画素で、撮像素子とオートフォーカスのセンサーが一体となった「デュアルピクセル」機構を採用し、高速なオートフォーカスが可能となっている。しかし、これはGalaxy S7 edgeのカメラとほぼ同等であり、特に新しくなったわけではない。

もちろん何も進化がないわけではない。メインカメラには3枚の写真を連続で撮影して合成することにより、ブレを軽減した写真を作成できる「マルチフレーム」という技術を搭載するほか、自撮り用のインカメラは800万画素にスペックアップし、オートフォーカスを搭載するなどの性能向上が図られている。だがディスプレーと比べると力の入れ具合が弱く、発表会のプレゼンテーションでもカメラの説明は比較的簡素にとどめられていた。

サムスンはカメラセンサーの分野では、最大手のソニーの後じんを拝する。また、カメラを高性能化するとスマホ本体の厚みに影響しやすい。そこで、そこは据え置き、ディスプレーの進化に注力したのだろう。
前機種Galaxy S7 edgeのカメラ性能は評判が高かったことから、新機種でも十分満足できる写真が撮影できることは理解できる。ただ、ファーウェイの「HUAWEI P9」やiPhone 7 Plusなど、背面カメラを2つ搭載したスマホが急増しているのに加え、ソニーモバイルコミュニケーションズが17年2月に発表した新機種「Xperia XZ Premium」は、960フレーム/秒のハイスピード撮影機能を備えている。ライバル各社が力を入れている分野だけに、正直に言ってGalaxy S8/S8+のカメラには物足りなさを感じてしまった。
新インターフェース「Bixby」は真価を発揮するか
サムスンはソフト面でも大きな強化を図っている。それが「Bixby」だ。Bixbyは、人工知能などを活用してスマホをより便利にしてくれる新しいインターフェースで、大きく4つの機能からなる。
1つ目は、音声によるアシスタント機能の「Talk」。これはアップルの「Siri」やグーグルの「Googleアシスタント」に類する、声で話しかけることでスマホに指示を出し、操作したり情報を引き出したりするもの。他のシステムと大きく異なるのは、例えば「○○さんに昨日の料理の写真を送って」と話しかけるだけで、アドレス帳、ギャラリー、そしてメールと、複数のアプリにまたがって操作する必要のある指示も出せることだという。

2つ目はカメラを活用した「See」。商品や建物などを撮影すると、その商品の購入ができたり、周辺のお店を検索したりできるほか、文章などを撮影するとそれをテキスト化し、さらに翻訳してくれるなどの機能も備えている。イメージ検索をさらにインテリジェント化したような機能といえるだろう。

3つ目は「Recommend」で、ユーザーの日常的なスマホの利用動向を学習し、時間や場所に応じてユーザーが求める機能や情報を提示してくれるというもの。そして4つ目は「Remind」で、やるべきことなどを時間だけでなく、場所に応じて通知してくれるというものだ。

Galaxy S8/S8+には、本体側面にRecommendやTalkを呼び出すBixby専用のキーが設けられており、サムスンがBixbyに非常に力を入れていることが分かる。だが発表会会場に展示されていたGalaxy S8/S8+では、Talkがまだ利用できなかったのに加え、Recommendも機能の性格上、実力を知ることはできなかった。唯一、Seeは実際に体験ができたものの、精度はまだいまひとつという印象だ。
プレゼンテーションからもBixbyに力が入れられている様子は伝わってくるものの、発表会会場で実機に触れた限りでは、Bixbyを評価する材料に乏しく、その完成度を測りかねるというのが正直なところだ。Galaxy S8/S8+の発売は米国などでは4月21日を予定しているが(日本での発売は未定)、それまでにBixbyの完成度をどこまで高められるかは、サムスンにとって大きな課題となってくるだろう。
バッテリー性能に見える慎重さ、失敗は許されない
それ以外の機能・性能を確認すると、CPUなどを内包するチップセットには、クアルコムの「Snapdragon 835」など、ハイエンドモデル向けの最新チップセットを採用しているとのこと(国や地域によって採用するチップセットは異なる)。前モデルのGalaxy S7(日本未発売)と比べCPU性能は10%、グラフィック性能は21%向上しているという。

ちなみにSnapdragon 835は「Xperia XZ Premium」にも採用されているもので、CPU性能の向上だけでなく、最大で1Gbpsの通信速度を実現できることも大きな特徴となっている。周波数帯の確保などインフラ面の課題もあることから、現在のところ1Gbpsの通信速度が実現できる国は極めてごく一部のようだが、そこまでといかなくとも、最新チップセットの搭載による通信速度の高速化は大いに期待できそうだ。
またセキュリティー面では、従来の指紋認証に加え、新たに目の虹彩による認証にも対応したことから、手で触れることなくロック解除が可能になるという。
そして気になるバッテリーの性能を見ると、Galaxy S8が3000mAh、Galaxy S8+が3500mAhと、Galaxy S7 edgeの3600mAhと比べ容量が少ない。Galaxy Note 7の発火事故の影響で、慎重になったのだろう。
Galaxy S8/S8+を実際に触れてみて、カメラの進化に乏しい点は不満があるものの、前面をほぼディスプレーが占めるインフィニティーディスプレーのインパクトは大きく、完成度は非常に高いと筆者は感じた。だが実はGalaxy Note 7も、発表直後から機能の豊富さと性能の高さで高く評価されており、発火事故が問題となるまでは市場でも高い人気を獲得していたものだ。
その評価がバッテリー発火事故で一瞬のうちに失われ、スマホ事業の存続さえ危ぶまれる事態となってしまっただけに、サムスンもGalaxy S8/S8+では、絶対に失敗が許されないと考えているのは確かだろう。会場に訪れた記者らの評価を見てもデビューの評価は上々で、発火事故の影響を払しょくできる内容だったといえるが、本当に汚名が返上できるかどうかは、これだけのハイエンドモデルを安定して製造できる体制の確立や、品質管理にかかっている。
福島県出身、東北工業大学卒。エンジニアとしてデジタルコンテンツの開発を手がけた後、携帯電話・モバイル専門のライターに転身。現在では業界動向からカルチャーに至るまで、携帯電話に関連した幅広い分野の執筆を手がける。
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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