シェア経済の第一人者が斬るトランプ政権「光と陰」
アルン・スンドララジャン
ドナルド・トランプ氏が第45代米大統領に就任してから6週間で、100人以上のIT(情報技術)企業の最高経営責任者(CEO)が、移民の入国を制限する大統領令に反対する趣意書に署名した。米ライドシェア最大手ウーバーテクノロジーズのトラビス・カラニックCEOは、トランプ政権と自らの連携に不満を強める社員をなだめようと、経済界首脳らを集めた助言組織「大統領戦略・政策フォーラム」のメンバーを辞任。さらに、米グーグルでは、移民に対するホワイトハウスの姿勢に抗議するため、2000人以上のエンジニアが本社前で前代未聞の抗議運動を開いた。
蜜月から緊張関係に

20年にわたりIT業界寄りの政権が続いた結果、米IT業界の時価総額は数兆ドルに膨らみ、世界でも類を見ないほどの規模と収益力を誇る企業を生み出した。だが今や、シリコンバレーは連邦政府と臨戦態勢に入りつつあるようだ。今後4年間で、5つの分野の重要政策がIT業界とシェアリングエコノミー(シェア経済)のプラットフォームに大きな影響を及ぼすだろう。新政権と米国で最も価値の高いIT業界との関係について、分野ごとに簡単な予測を挙げる。
(1)規制:シェアリングエコノミーのプラットフォームには、他のハイテク部門では見られなかったほど進化の初期に、はるかに険しい前例のない規制の壁が立ちはだかっている。トランプ政権の規制改革に対する立場は明確で、政府による規制をできる限り排除したいと考えている。これは一見するとシェアリングエコノミーに好都合なようだが、メリットは最低限にすぎないだろう。関連政策の大半(タクシー規制、ホテル税、住宅を短期間の宿泊施設として利用することへの制限)が連邦当局ではなく、州や地方自治体の政府が決めているからだ。
(2)自動化:最も見ごたえのある対決は、迫り来る人工知能(AI)とロボットの波が実現する自動化を巡る攻防だろう。トランプ政権がこうした技術を最大規模で導入する大企業を優遇する姿勢を示しているのは明らかだ。だが、トランプ氏を大統領に選んだ主な支持基盤は、製造業の自動化に職を奪われた層と大きく重なる。しかも、この層の将来の雇用は、間もなく到来する自動運転車と小売りサービスの自動化でさらに脅かされる。したがって、トランプ大統領は政権2期目を見据え、支持基盤の失業ペースを遅らせる政策を志向する可能性がある。そうなれば、AI技術に社運を賭けているウーバーやグーグルなどのIT各社とトランプ氏の関係は悪化するだろう。
(3)労働政策:ライドシェアのウーバーやリフト、家事代行サービスのハンディ、手作り品の売買仲介のエッツィーといったシェアリングエコノミーのプラットフォームは、個人とプロ、臨時労働とフルタイム労働の境界を曖昧にし、誰もが大企業の正社員だった時代に設計された米労働法に多くの不備があることを浮き彫りにしている。フリーランスのサービス提供者から従業員としての待遇改善を求める集団訴訟を起こされているウーバーなど多くのプラットフォームは、トランプ政権が労働組合や団体交渉に反対する姿勢を示していることを短期的にはメリットとみるかもしれない。一方、連邦機関の労働省から距離を置き、州政府を通じて変化をもたらすことに力を入れるプラットフォームも現れるだろう(フリーランスに有利な新政策の策定を積極的に進めているエッツィーやリフト、ハンディなど)。
(4)通商政策:シリコンバレーのIT企業はかつてないほどグローバルに事業を展開している。米アップルは売上高の3分の2以上を米国外で稼ぎ、米グーグルと米フェイスブックは(中国と韓国を除く)大半の主要国で部門別のリーダーとなっている。比較的新しい民泊仲介のエアビーアンドビーでさえ、世界196の国と地域のうち192の国と地域で事業を運営している。トランプ政権が保護主義的な「米国第一主義」を掲げて米外交政策を見直しているため、こうしたグローバルなプラットフォームは激しい攻撃を受ける恐れがあり、世界各地で規制や税制の面での予期せぬ報復を受ける可能性があることに備えなくてはならない。特に試練にさらされるのが、アップルとエアビーアンドビーだ。米中の貿易関係が悪化し続ければ、アップルは生産も販売も困難に見舞われる。エアビーアンドビーは世界最大のシェアリングエコノミー市場制覇を断念せざるを得なくなるかもしれない。
(5)移民:IT業界とトランプ政権の間にある最大の火種はおそらく移民政策だろう。シリコンバレーではありとあらゆる企業が海外出身のエンジニアの採用に大きく依存しており、米大学で先端科学やテクノロジーの学位を取得した外国人エンジニアの採用にはなおさら依存している。新たな移民規制により、外国から米大学への留学が難しくなるなどIT部門に有能な人材をもたらす経路が大幅に狭まるだろう。
根本的に、シリコンバレーは移民の拠点であり、民族や血筋ではなく才能や学歴で判断され、外国出身であることも特別ではない実力社会だ。米シンクタンクNFAPが2016年に発表した研究では、評価額が10億ドルを超える米スタートアップの半数以上(87社中44社)が移民1世によって創業されていることがわかった。アップルの創業者である故スティーブ・ジョブズ氏はシリア系移民2世で、グーグルを創業したセルゲイ・ブリン氏は1979年にソ連からの難民として米国にやって来た。グーグルと米マイクロソフトの現CEOは共にインド系移民1世だ。したがって、移民を巡る意見の相違はビジネス上の利害関係よりも重視される。信条や世界観の根本的対立に関わる問題だからだ。
要約すると、シリコンバレーの時代の寵児(ちょうじ)であるシェアリングエコノミーのプラットフォームは、トランプ政権の労働や規制に対する姿勢から多少のメリットを得られるかもしれない。だが、IT各社は自動化や貿易、移民に関する不利な政策から生じるコストを強いられ、得られるメリットがそれらを上回る見込みは薄いだろう。
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