オランダ発「Sell in May」の予感
オランダが市場で注目されることはまれだ。
面積は九州ほどで、人口は1700万人ほどである。しかし、欧州の財政問題を語るとき、ベンチマークとして使われる「参加国の財政赤字は国内総生産(GDP)比3%以内に抑える」といった欧州連合(EU)創設に関するルールを決めたマーストリヒト条約は、締結されたオランダの都市名にちなむ。
そもそも、オランダ、ベルギー、ルクセンブルクの3か国からなる「ベネルックス経済同盟」は、EUの先駆けであった。
歴史的に見れば、17世紀に世界初の「株式会社」東インド会社を創設。貿易で世界を制した。日本とも関係が深い。ポルトガルは宗教ルートで日本とつながったが、オランダは経済ルートであった。
そのような民族のDNAは、現在にも引き継がれている。
筆者が勤務したスイス銀行のロンドン支店は3000人を超す大所帯であったが、現地経営陣の順列1~3位は、すべてオランダ人で占められた。それゆえ「スイス・オランダ銀行」などと言われたものだ。スイス人は裁定取引などに抜群の才があるが、大組織のマネジメントとなると、オランダ人の得意分野なのだ。
さらに、オランダといえばチューリップ。世界の花卉(かき)市場で圧倒的なシェアを持つ。アムステルダムのスキポール空港にも近く最大のアールスメール花市場を、トランジットで見学したこともある。
そこは世界をまたにかける世界最大の花卉物流センターであった。係員の説明では200のサッカースタジアムが入る面積。そこに、世界から出荷された花卉類が、巨大物流センターのごとく整然と積まれ、貨物列車のような輸送手段により、かなりのスピードで移動する。すべてコンピューター制御であることはもちろんだ。
競り市も、劇場のような造りで、中央の大スクリーンと手元のモニター画面をにらみながら、「仲買人」たちが世界からの売買注文をこなしてゆく。
アフリカからアムステルダム経由で日本へ、注文した花が最短2日間で届く。日本から常駐の検疫官が駐在しているのは、ここだけ。成田での検査時間が短縮され、鮮度が保たれる。まさに自由貿易立国の伝統を見た思いだった。
その国が、今、人の自由な移動に拒否反応を示し始めた。
根底にあるのは、所得格差問題である。
高福祉国家とされるが、欧州債務危機のなかで経済的緊縮が強まり、トランプ流にいえば「忘れられた人たち」の生活は苦しい。そこに、近所に難民収容施設が血税で建設されれば、やりきれない思いが募る。
その思いを代弁するかのように、「オランダのトランプ」といわれる極右政党・自由党のウイルダース氏が彗星(すいせい)のごとく現れた。歯に衣(きぬ)着せぬ言動で、「オランダ・ファースト」を繰り返し叫ぶ。その結果、米国同様、国内には分断が生じている。
EUの優等生といわれた国にも、ついに、孤立主義の思想が侵入し始めた。貿易立国ゆえ、保護主義的トーンは薄い。モノの移動は自由だが、ヒトの移動には、監視を強める傾向だ。ここに、英国との共通点を見る。
市場ではネーデルランド(オランダの別名)のイニシャルをとり、「ネクジット」という新語も飛び交う。
今日の総選挙で、ウィルダース氏の自由党が第1党になれば、フランス大統領選で極右政党の国民戦線(FN)のルペン党首に追い風となるのは必定。
市場は、それで一気に危機モードに突入するわけではないが、フランス大統領選の決選投票にかけて「Sell in May(セル・イン・メイ、5月に売れ)」の相場格言が投資家の心に響く展開を予感させる。

豊島&アソシエイツ代表。一橋大学経済学部卒(国際経済専攻)。三菱銀行(現・三菱東京UFJ銀行)入行後、スイス銀行にて国際金融業務に配属され外国為替貴金属ディーラー。チューリヒ、NYでの豊富な相場体験とヘッジファンド・欧米年金などの幅広いネットワークをもとに、独立系の立場から自由に分かりやすく経済市場動向を説く。株式・債券・外為・商品を総合的にカバー。日経ヴェリタス「逸's OK!」と日経マネー「豊島逸夫の世界経済の深層心理」を連載。
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