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WBC日本代表を側面から支える もう一人の侍

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2017/3/14 6:30
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野球の国・地域別対抗戦、第4回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で優勝を目指す日本代表に、えりすぐりの打撃投手やスコアラーら、側面支援で活躍する"侍"たちがいる。ユニホームなどを提供するミズノから派遣され、首脳陣や選手の「いでたち」をサポートする杉本容亮(ようすけ、37)さんもその一人だ。

用具の世界で野球に携わる

ユニホームなどを担当する杉本さん。野球にかける思い、世界一にかける思いをチームジャパンで共有する

ユニホームなどを担当する杉本さん。野球にかける思い、世界一にかける思いをチームジャパンで共有する

杉本さんの担当はユニホームやトレーニングウエアなど侍の着衣全般。採寸から手掛けるが、仕事はそれだけにとどまらない。代表の練習ではグラブを手に、グラウンドに出て手伝う。

1次リーグと2次リーグの間の練習日となった11日は二塁ベース上に立ち、ノックを受ける菊池涼介(広島)、中田翔(日本ハム)ら内野陣からの送球を受けた。

このことから察しがつくように、杉本さんは野球の「素人」ではない。

プロ野球を目指した野球少年は中大まで競技を続けていた。1級上が阿部慎之助(巨人)。多くのプロ選手を輩出している大学で、阿部とともにクリーンアップも組んだ。夢がかなうかもしれない、というところまで行ったことになるが、後輩に亀井善行(巨人)が入ってくると、あっという間に外野のポジションを奪われた。

阿部や亀井の桁違いのプレーをみた時点で、もう見切りはついたという。「プロに行く人のレベルは自分とは違うんだ」と。プロをあきらめ、人生の第2目標であったという用具の世界で野球に携わることにした。

用具メーカーに入社できても、誰でもきめ細かいサポートが要求されるプロの担当になれるとは限らない。杉本さんも最初は一般の運動具店回り。やがて横浜(DeNA)担当になれた。声高にプロの担当を訴え続けたからというが、もちろん日ごろの仕事ぶりが評価されたものだろう。

当時のベイスターズには仁志敏久・現代表コーチら、職人気質の選手が少なくなかった。いかにも道具にうるさそうだ。工藤公康・現ソフトバンク監督ら、道具が少ない投手の場合は気遣う点も少ない。より神経を使うのはやはりバット、グラブ、手袋、スパイクと、道具を介して勝負する野手だった。

選手の感覚、言葉に置き換える

打撃用の手袋一つとっても、素材や厚さなど無数のパターンがあり、人それぞれの好みがある。

特にバットは湿気などの条件が変わり、グラム単位の変化がわかるトッププロの担当として、間違いの許されない仕事だった。

ミズノにはバットなら久保田五十一(いそかず)さん、グラブなら坪田信義さんという道具作りの名人がいた。折あしく、というべきか、杉本さんがプロ担当になったあたりは彼ら名人が引退し、職人の世代交代が始まったころに当たっていた。

技量は十分だが、経験はまだまだという職人に選手の要望をどこまで正確に伝えられるか。これが杉本さんに課された難題だった。

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