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7人制ラグビー強化、東京五輪への長期ビジョン

 2015年ワールドカップ(W杯)でゼネラルマネジャーとしてラグビー日本代表の躍進を支えた岩渕健輔氏(41)が、ラグビー界の様々な事象やスポーツで勝つための方策について語る連載コラム「隗(かい)より始めよ」をスタートさせます。この格言通り、岩渕氏は小さな準備を徹底することで大勝負を制してきました。鋭い観察眼や分析力から生まれる考察をご期待ください。

日本の成長と課題をあらわにする2つの世界大会だった。ラグビー日本代表のゼネラルマネジャーとして戦った15年W杯、16年リオデジャネイロ五輪をこう総括している。

W杯の15人制ラグビー日本代表は、優勝候補の南アフリカに番狂わせを起こしながら、1次リーグで敗退した。リオデジャネイロ五輪の7人制日本代表も強豪のニュージーランドを破ったものの、最終順位はメダルに一歩届かぬ4位だった。

リオ五輪ラグビー7人制の3位決定戦の南ア戦で突進する福岡堅樹(右)

2つのチームが挙げた金星は、一戦必勝の構えが成功すれば強豪に勝てるようになったことを証明している。時間帯や陣地によるプレー選択、ラインアウトの選手の並び方、使うサインプレーの順番……。五輪のニュージーランド戦は戦い方を細部まで事前に決めておき、全てがうまくはまった。

想定外の事態にどう対処するか

逆に、準決勝や3位決定戦では、用意していた戦術が実行できず敗れた。準備期間が短い中での対応力がなく、想定外の事態が起きたときに力を出しきれないのが、今の日本の弱点といえる。

この5年間、私はゼネラルマネジャーとして、15人制の男女、7人制の男女など各日本代表の強化全体を考える立場だった。1月からはラグビー7人制日本代表の総監督に立場を変え、男女の7人制の強化に専念している。

15人制のW杯と、7人制のリオ五輪。どちらも似たような結果だったが、世間の耳目を集めたのは、圧倒的にW杯の方だった。むしろ順位だけなら、1次リーグで敗退したW杯より、五輪の方が上だったのだが。

W杯と五輪。それぞれの次回大会に日本は開催国として臨む。19年W杯日本大会は単一競技のイベントということもあり、日本代表はそれなりに注目してもらえるだろう。しかし、各競技の躍進が予想される20年東京五輪では、ラグビーはメダルを取らないと存在感を発揮できない。

7人制は15人制と比べ、日本でまだ文化として根付いていないというハンディもある。自分の次の仕事として、東京五輪でのメダル獲得に全力を注いだ方がいいという気持ちが強くなった。

男女の7人制代表の再強化は、東京五輪までの長期的なビジョンに基づいて行っている。目先の結果だけを追うのではなく、すぐには身につかない地力をじっくりと培う。

男子がまず磨くべきは、準備していた戦いがはまらなかったときの適応力や修正力だ。新ヘッドコーチ(HC)にリオ五輪でニュージーランド代表コーチを務めたダミアン・カラウナ氏を招き、この認識のもとに具体的な取り組みを始めた。

岩渕健輔氏

カラウナHCが試合で起用する選手を選考する際は、リーダー陣の選手の意見を聞いてから決める。対戦相手の映像の分析も一部は選手が行う。7人制は1日のうちに2~3試合を戦うが、試合の合間に選手だけでミーティングを開き、「次はここを変えよう」などと話し合う。試合中の判断も選手に委ねる場面を増やす。守備のときには、速く前に出るという一つの形だけでなく、選択肢を増やしてその判断を選手がしている。

女子7人制はリオ五輪で男子と対照的に、1次リーグ3連敗だった。こちらも選手に考えさせる指導をしている。けが人が映像の分析をしたり、普通は選手にやらせないようなスタッフの役割も任せたりしている。

女子の場合、鍛えるべき地力はほかにもある。個々の身体能力や基礎技術だ。リオ五輪までは国内の選手数が今より少なく、他競技からの転向組も多かったため、試合に必要な体力をつけ、ラグビーに慣れるだけで精いっぱいの部分があった。

スピードトレーニング、キック……。各分野の専門コーチを合宿に招いて鍛錬を積むことにした。ボディービルディングの専門家も呼んでいる。期待しているのは、筋力トレーニングの指導だけではない。

ボディービルダーは数週間後の試合に合わせ、「体のこの部位のこの筋肉の見栄えをよくしよう」と一つの筋肉の出来にこだわってトレーニングする。プロテイン(たんぱく質)を飲むときにも原材料にこだわる。選手に学んでほしいのは、体づくりに対するこのきめ細かな気配り、そして計画力と実行力だ。

男女ともプレーのための環境改善

女子7人制はリオ五輪1次リーグで3連敗。選手に考えさせる指導に力を入れる=共同

大きなビジョンに基づいた強化は、グラウンドの中だけでは足りない。男女とも、プレーするための環境改善も始めた。

男子は7人制を専門的にプレーする選手をつくろうとしている。強豪国は15人制との分業化が進んでいるが、日本ではほとんどの選手が両方を兼務する。7人制が競技として進化することで、求められる体力や技術は15人制と離れてきた。日本代表もベースを専門の選手にしないとレベルアップは難しい。

日本のトップ選手は大卒後、企業と契約して15人制のトップリーグを戦うというのが普通の流れ。現在、年間を通じて7人制をプレーしてくれるよう、選手や所属企業に働きかけている。日本ラグビー協会と代表選手がプロ契約を結べる枠組みもつくった。試合で勝ったときに選手に配る勝利給も、15人制と比べてもそう遜色ない金額にまで引き上げ、待遇面でも向上した。

その一方で、これまでの男子代表の主力数人が、リオ五輪後に15人制に専念するようになった。戦力的には痛い。「セブンズワールドシリーズ」と呼ばれる世界最高峰のサーキット大会でリオ五輪後の6大会中11位が最高と苦戦しているのも、この事情が響いている。

ただ、「五輪という7人制最高峰の舞台を経験したから次は15人制で19年W杯を目指したい」という選手の気持ちはよくわかるし、想定していたことでもある。7人制の専門選手はそう遠くない時期に誕生しそうで、徐々にチーム編成は楽になっていくはずだ。

女子代表には、ラグビー協会が育児をサポートする制度を始めた。合宿期間中に選手がベビーシッターを頼む際、1日に最大で1万円を補助する。

リオ五輪にも、兼松由香(名古屋レディース)が子育てをしながら参加していた。合宿や遠征中は家族らに育児を頼み、本人は最後まで泣き言を言わなかった。「母親でもこれだけ頑張れる」と周囲にいい影響も与えてくれた。しかし、日本のラグビー界として彼女の頑張りに甘えてしまったところがあった。何とかしなければという思いがあり、こうした仕組みをつくった。

今のチームにも、子育てをしながら五輪を目指す選手がいる。陸上100メートル障害で世界選手権に出場した経験を持つ、練習生の寺田明日香(東京フェニックス)。新制度により、彼女らがプレーに専念しやすくなることを期待している。

男子では多くの国がしているように、練習場の周辺に選手が居住して生活と合宿を一体化することも今後の検討課題だ。女子代表はリオ五輪までに5年で計1000日の長期合宿を行ったが、宿舎とグラウンドの往復だけでは、選手が息抜きしにくい。選手が練習の合間に日常生活を持つことで、心理的にフレッシュな状態でいられるようになる。試合でのパフォーマンスにも影響すると考えている。

リオ大会から五輪の正式競技に採用されたことで、7人制ラグビーは世界的に急進歩している。その中で3年後にメダルを取ることは簡単ではない。しかし、グラウンドの内外で長期的な視野を持って強化に取り組み、本気でメダルを取りにいくつもりだ。

 いわぶち・けんすけ 1975年12月東京都生まれ。青学大卒業後に神戸製鋼所入社、英ケンブリッジ大に留学した。99年W杯ウェールズ大会の日本代表。2000年にサラセンズで日本人初のイングランド1部リーグ出場を果たした。12年に代表ゼネラルマネジャーに就任。エディー・ジョーンズ氏をヘッドコーチに起用し、15年W杯イングランド大会で日本を初の1大会3勝に導いた。昨年のリオデジャネイロ五輪に出場した男女7人制代表の強化も担当し、男子は4位に入った。今年1月に男女7人制代表の総監督に転任。日本ラグビー協会理事も兼ねる。

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