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「自動運転車の実用化は間近」の大いなる錯覚

ITpro

現在、人工知能(AI)技術として最も進んでいるのは自動運転技術である。既に運転サポート・アシスト機能としての提供が始まっており、世界の自動車メーカー各社がしのぎを削って開発を進めている。

自動運転のテスト走行をするZMPの「ロボカー」

日本においても、国内経済の柱となる自動車産業の将来を左右する技術のため、経済産業省が当初は2030年代を目標としていたレベル4(完全自動運転)の実現を、地域限定ではあるが2020年に前倒し、自動運転車を巡る社会課題の解決にも積極的に取り組む姿勢を打ち出している。

このように導入に向けた機運は急速に高まっていることから、すぐにでも自動運転車が公道を走り出すかのように思ってしまう。だが、自動運転はそんなに簡単に実現できるのであろうか。結論から言えば、技術的観点からは"ホント"、実用・商用化の観点からは"ウソ"だ。

研究開発が加速するAIによる完全自動運転車

AIは古くからあるが、実は自動運転技術の歴史も古い。高速道路などで一定速度を維持するためのオートクルーズ機能など、運転サポートとしての自動運転技術は1990年代から存在していた。現在の自動ブレーキなどの運転アシスト・サポートについても、一定のルールに基づく自動化であるため、現在のAIを使った技術とは言い難い。

そのため、AIの試みとして取り上げるべき自動運転は、機械学習を用いた完全自律走行型の技術であり、日本や米国で定義する分類で言えばレベル3やレベル4を指す。実は、こうしたAIによる自動運転技術の開発も、現在のAIブームよりも以前から行われていた。

AIによる自動運転技術の開発に向けた明確な発端は、2000年代後半のグーグルの取り組みである。グーグルは当時CEO(最高経営責任者)であったラリー・ペイジ氏の着想を基に、自動運転車開発のプロジェクトを始めたと言われており、すぐにその活動が広く知られるようになった。

だが、自動運転車は実用化までの道のりが長いこともあって、2010年代になるとROS(ロボティクス・オペレーティング・システム)というバズワードに変わり、自動車だけでなく人間の作業を代替するロボット全般に対するソフトウエア技術として認知されるようになった。そうしたROSブーム、ロボットブームの最中でも、米グーグルや自動車メーカー各社は水面下で自動運転車の開発を進めていた。

2015年10月にはトヨタ自動車が走行実験を実施した。それを皮切りに自動運転車の開発を明らかにし、関連技術を巡る提携や買収にも乗り出している。さらに2016年1月に、AI研究のための新会社TRI(トヨタ・リサーチ・インスティテュート)をシリコンバレーに設立し、5年間で10億ドルもの投資も実施する計画だ。

他の企業も自動運転車の開発を加速している。グーグルが事実上、自社単独での自動走行運転車の開発を断念したこともあり、ホンダはグーグルと技術提携し、完全自動運転の共同研究を始めた。日産自動車も2017年1月に、カルロス・ゴーン社長が日本での完全自動運転車の走行実験を始めることを明らかにした。海外でもドイツのダイムラーやBMW、米フォード・モーターなどが、相次いで技術開発状況を公表している。

トラックで190kmの完全自動運転

このように自動運転は、既に長い年月をかけ多額の資金を投じて研究開発が進められており、膨大な実験データが蓄積されている。そして現在においても、年々投資額を増やしつつ開発が進められ、ますますデータ蓄積が進んでいる。

米国では、各地で実証実験を行うための公道使用許可も下りた。5万本のビールを運ぶトラックで120マイル(190km)に及ぶ完全自動運転に成功したとのニュースは記憶に新しい。日本でも通行止めをした道路ではあるが、2016年11月に初めての公道実験が行われている。2017年に入り、国家戦略特区の枠組みの活用などにより公道実験を可能とするような動きも表面化している。

技術的視点だけで言えば、既に平均的なドライバーより事故率が低く、経産省の掲げた目標の達成も現実的であると想定できる。

完全自動運転車の効果は大きい(図1)。自動車の運転は人間が必ず拘束される業務であり、自動車自体は稼働可能であったとしても待機時間や休憩時間を考慮する必要がある。そのため人件費がコスト要因として大きい。鉄道などと異なり小回りが利くため陸路の輸送手段としての市場規模が大きいため、単に効率化の観点だけでみても非常に大きい効果が期待できる。

図1 完全自動運転の実現による効果

高価値化の視点からも意義が大きい。不注意や酒酔いなどのヒューマンエラーによる事故の減少だけでなく、高齢化や過疎化が進んでいる日本では、地方での交通手段の不採算化や交通サービスの撤退や減少による利便性の低下、近年急増している高齢者の自動車事故などの社会問題の解決にも大きく寄与するはずだ。

法整備などが進まないとAIは学習できない

このように研究開発が進み、経済的、社会的にも大きな効果が期待されるため、完全自動運転車は今やAIの旗手と言える。そうした期待値の高まりにより、自動車メーカーやIT(情報技術)企業も開発計画を"前のめり"気味に発表し、世間も今すぐにでも実用化するかのように錯覚している。だが、世界においても日本においても、実用化、そして商用化はまだまだ先と言わざるを得ない、と筆者は考えている。

なぜなら、技術的問題だけが商用化のハードルではないからだ。発生率をどんなに低く抑えられたとしても、事故は決してゼロにはならない。事故につながる切迫した事態に対してどのようなアクションをすべきなのか、その事故の倫理的、法的な責任の所在はどこか、という点についての法制度の整備が必要となるためである。

機械学習はあくまで過去のデータ、すなわち既に起きたことから学習する機能である。今までに無いケースには対応できないため、様々な切迫した事態における交通法規などに基づく対処をAIに学習させる必要が生じる。

だが、切迫した事態について、AIが学習できるだけのサンプル数を実験によって確保することは、極めて困難だ。なぜなら、事故につながるような切迫した事態を公道で試すことが許可されることはあり得ず、サーキットなどの実験場でその環境を作り出すことも、精度を担保するための試行を重ねることも、途方もないコストが生じる。

現実的な手段としては、人間があらかじめ定義・プログラミングする方法が選ばれる可能性が高いが、それにも大きな問題がある。定義するためには、切迫した事態における選択の優先順位を設定する必要がある。事故に巻き込まれる人間も点数化できるのであれば、設定が可能となるが、そもそも人間を点数化することなどできない。

人間の点数化が困難であることの例を挙げてみよう。あなたは家族と自動運転車に乗っている。ある街に差し掛かった際に、道路の右側に学校帰りの子供たちが列をなしており、左側にはお年寄りが花見をしている。その時、目の前の大きなトラックが急ブレーキを踏んだ(図2)。

図2 切迫した事態にAIにどんな判断をさせるべきか

もはや、今から急ブレーキをかけても衝突は避けられないし、衝突したら家族に生命の危険が及ぶ。とはいえ、衝突を避けるためにはハンドルを切らねばならず、子供たちとお年寄りのどちらかに生命の危険が及ぶだろう。そんな切迫した事態に、自動運転車はどのような対応を取るのか。

「被害人数の少ない方法を取るべき」「未来ある子供たちを優先するべき」「他人を巻き込まずトラックにそのまま衝突をすべき」など様々な判断があるだろう。どの判断を下したとしても、それが正しい、悪いとは筆者としては一概に言えないし、読者の意見も割れるはずだ。

どの判断を是とするかは、どの国でも裁判という形で個別事象を検証する方法を採っており、社会的なコンセンサスは取れていない。社会的なコンセンサスが取れていないということは、点数化ができないことを意味する。点数化ができない以上、人間による設定もできないということになる。

言わずもがなではあるが、人間の点数化も含めた選択の優先順位が機械学習における評価基準になる。仮に試行を繰り返したとしても、評価基準が無いなら、機械学習では答えを出せない。つまり、いずれにせよ人間の点数化は避けては通れないことになる。

国ごとに学習させればコストが飛躍的上昇

機械学習をさせる場合は、さらに課題がある。当然ではあるが、国ごとに文化や道徳、倫理概念が異なる。そのため、大枠としてはほぼ同様な交通法規であっても、先ほど例示したような切迫した事態における判断の妥当性は、国ごとに異なってしまう。米国では薬局で購入できる薬が、日本では使用が禁止されている。それと同様の事が起こるわけだ。

倫理的な面にまで踏み込んでグローバルで統一するためには、各国の法改正だけでは済まない。難易度の高い国家間の調整が必要となる。それをできないなら、AIに学習させる試行を国ごとに実施しなければならないことを意味し、国別に学習する試行量を確保する必要が生じるため、学習に対するコストが飛躍的に上昇してしまうだろう。

倫理的、法的責任の所在についても根深い問題がある。事故が起きた場合、運転に関与していない自動車の所有者や搭乗者に責任が及ぶことには違和感があるはずだ。だからと言って、PL法(製造物責任法)を拡張して自動車メーカーに責任を負わせると、自動車メーカーは大きな賠償リスクを負うことになり、販売を自粛する可能性が高い。

損害保険を適用させるとなると、今度は保険料を誰が支払うのかという問題が生じる。自動車損害賠償責任保険(自賠責)の拡大で対応すると、所有者の負担が増すことになる。

こうした問題は当然、自動車メーカーも行政も子細に把握している。そのため経産省も、2020年代の実現目標を「自動運転車だけが走る閉じた環境での実用化」にとどめている。オープンな公道での実用化は、社会(国民)の理解を前提に、抜本的な法改正を行わない限り不可能と言わざるを得ない。

ベイカレント・コンサルティング 宮崎丈史)

[ITpro2017年2月21日付の記事を再構成]

宮崎丈史(みやざき・たけし) ベイカレント・コンサルティング エグゼクティブ・パートナー。外資系総合コンサルティングファーム戦略グループを経て現職。通信、メディア、ハイテク企業を中心に、新規事業・サービスの構築/立ち上げ、事業再構築、マーケティング戦略やオペレーション改革の立案から実行までを支援。新規事業に関するアイデア出しから、成功に導くためのストーリー作成を得意とする。

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