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江戸の心意気、味わう喜び ロバート キャンベルさん

食の履歴書

NIKKEI STYLE

食の物語は福岡・博多から始まる。

米国ハーバード大学大学院で江戸文学の研究を始め、1985年、九州大学文学部の研究生として2度目の来日。福岡市内に居を構えた。

たどる地脈・人脈 物語は博多から

驚いたのは福岡の食べ物が「あまりにもおいしい」こと。ニューヨークに生まれ、パリやサンフランシスコ、カリフォルニアと世界の大都市で生活。日本食になじみはあった。だが、モノが違うのだ。素材がいい。特に魚が新鮮。普通の定食がうまい。サバやイワシの刺し身に舌鼓を打った。

1年ほどたったころ、福岡の短大で非常勤講師として国文学を教えることになった。担当の先生が病気になったためのピンチヒッターだったが、指導ぶりが認められ、復帰後も続けることに。2年くらいと考えていた福岡滞在は、九州大学への就職が決まり、結局、11年に及ぶ。

福岡で生活しながら、文献調査などの必要があって、たびたび東京へ出かける。「ホテルに泊まるよりも何かと都合がいいから」と考え、東中野に中古マンションを買った。

環境の違いに驚く

東京の食には不満があった。福岡と同じレベルのものを食べようとすると、料金の高さに目をむいてしまう。「食の環境があまりに違いすぎた」

だが、そんな東京の食に対するイメージが、徐々に変わっていく。「夜、落ち着いて食事ができるところがないか」と東中野を歩いてみると、「住宅街に入り込むように、点々と飲食店があるのに気づいた」。多くがオーナーシェフの店のようだ。興味をひかれ、1軒また1軒と、訪ね歩いた。

いまでも忘れられないのは、東中野駅近くにあったスペイン料理店。オムレツが絶品だった。職場の同僚や友人らとしばしば訪れ、「妹が日本に来たときも連れて行った」。

東中野でもう1軒。開店して間もない洋風ビストロに入った。廃材に白ペンキを塗ったような外装は、よく言えば質素。水上瀧太郎の「銀座復興」は、関東大震災で焼け野原になった銀座で店を再開したトタン小屋の飲み屋を描いた。「まさにあんな感じ」

10人も座ればいっぱいのこぢんまりとした店だが、「出てくる料理はすばらしい」。東京にはさほど目立たなくとも、きらりと光る店がある。目を見開かされた思いがした。

東中野の2店に共通するのは、たたずまいに風情があり、料理の質が高く、つくり手の熱が伝わってくること。「つまりは、志の高い若いオーナーシェフが頑張っている店」だ。

専門は江戸から明治時代の日本文学。都市空間と人の心との関わりに強い関心を寄せる。そんな立場から、こうした店を江戸小紋の着物になぞらえる。

誇張しない美しさ

江戸小紋は、遠目に見ると無地に見える細かな柄を単色で染めた柄付け。「30センチまで近づくと、模様が織り込まれているのがわかる。決して誇張しない。いまの若い人の言葉でいえば『盛らない』」。そこがなんとも心地よい。

最近お気に入りの東京・月島にあるそば店も、たたずまいが良い。客席が10に満たない小体な店だ。地元名物のもんじゃ焼き店が軒を連ねる表通りの裏にある。「表札が店の看板がわりで、とにかく見つけるのが大変」

「味は申し分ない。店主が店にプライドを持っている」と評価する。地層の連続した筋を「地脈」という。「この店には、東京という都市空間の文化の地脈を感じる」と言う。

カリフォルニア大学バークレー校で偶然学ぶことになった日本美術を通して、日本文学に興味を持った。日本で生活して30年、東京での暮らしも20年がすぎた。「100年前から東京にいるように思える」のは、食を通じて「東京のスピリットを受け止めてきた」ためかもしれない。

いまも、中央線沿線を中心によく散策をする。外食する機会は多い。しかし、チェーン店には行かない。グルメを気取っているのではなく、オーナーシェフの個性に引かれるからだ。

「仕事柄、古書店によく行きますが、それぞれ品ぞろえにクセが見えたときが面白い」。アマゾンで取り寄せれば早いが、そこにはない楽しみがある。飲食店も同じだ。「店のすべてがすばらしいという必要はない。オーナーシェフのクセを楽しみたい」

気になった店があると、ふらっと入る。まずは、黙って料理や雰囲気を楽しむ。気に入った店は再び訪れ、シェフと話をする。「例えば、デザートがおいしく、自家製でなかった場合は、どこで買ったのかとか」

2回目以降は、ほかの来店客とも気軽に話をする。「店で知り合った人に、いい店を教え、逆に教えてもらい訪れる」。そこで、また、店を紹介してもらうというかたちで、お気に入り店のリストが広がっていく。「人との出会いを次につなげられたとき、喜びを感じます」

たたずまいの良い店を求め、食の物語は、まだまだ続く。

お薦めは季節のパスタ

「我が家の台所のような店」と、毎月、訪れるイタリア料理店が、東京・銀座の「アンテプリマ カーサ・クチーナ」(電話03・3572・8151)。イタリアンをベースに和のエッセンスを効かせた、親しみやすい料理を提供する。

キャンベルさんのお薦めは季節のパスタ。3月はウド、コゴミ、タラの芽など5種の山菜を使ったペペロンチーノ(1800円)。通年の「雲丹と焼き茄子のスパゲティ」(2000円)も人気だ。

メニューにない料理も、材料があれば誰にでも出してくれる。カレーライスやロールキャベツなどを頼んだことがあり、「おなかの具合が良くないと言えば、おかゆをつくってくれる」

コの字形のカウンター席(11席)とカーテンで仕切られた個室(8席)がある。キャンベルさんはもっぱら個室で、くつろいだ気分で食事を楽しむ。

最後の晩餐

好物はフルーツサンドイッチ。海外では見かけず、日本に来て、初めて食べたんです。最初は食指が動かなかったんですが、食べてみたらおいしい。もともと果物が大好きなので、フルーツサンドには旬の果物が3つ以上、入っているのが望ましい。最後に味わうとしたら、やはりこれですね。

(大橋正也)

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