要介護度、改善なら報奨金 岡山市の取り組み検証
職員の士気向上 利用者も回復へ意欲
利用者の要介護度が改善すれば事業者にインセンティブ(成功報酬)を与えます――。こんな自治体が増え、国も検討を始めた。公的保険制度では、介護度が軽くなると報酬が下がる仕組み。これでは、要介護状態の改善への努力や意欲をそぐ恐れがある。成功報酬制度は介護の質向上につながるのか。いち早く取り組み始めた岡山市を訪ね、効果を検証した。
「毎月、各地から視察が来ます」。そう話すのは岡山市保健福祉局審議監の福井貴弘さん。岡山市は政令指定都市のうち、人口あたりのデイサービス事業所数が1位。2013年2月に国から在宅介護総合特区の指定を受けて以降、デイサービスへの成功報酬導入を検討してきた。

導入にあたっては、市内のデイサービス事業所や厚生労働省、有識者で協議。要介護度の改善具合だけで報酬を与えるのは、改善が見込める人だけを受け入れる「いいとこ取り」の恐れがあるとして、評価に努力の過程や人員体制を強化したかどうかなどの要素も加える配慮をした。
外部研修への参加や介護職員の配置など5つの独自の指標を設けている。14年度から約150事業所を対象に、3つ以上の指標で平均を上回る施設を「指標達成事業所」と認め、市の広報紙などで紹介。15年度からは利用者の日常生活機能の維持・改善度を評価し、指標達成事業所のうち改善率の高い上位10事業所を表彰している。市予算から10万円の奨励金も与える。
取り組み前と比べると、指標を達成した事業所では「1人あたりの給付費は減った」(福井さん)。高評価の事業所は低い事業所より、利用者の状態も「食事摂取」「衣服の着脱」などで改善した。一定の効果があるようだ。

介護現場はどうみているのか。上位10事業所に選ばれた「デイサービスセンター・アルフィック東川原」を訪ねた。民間企業が運営するガラス張りの施設。最新のトレーニング機器が並び、まるでフィットネスクラブのようだ。
1日平均42人が利用、作業療法士らの指導のもとリハビリのほか、機器を使って運動する。指導員や介護職員も手厚く配置した。責任者の小馬誠士さんは「表彰で職員の士気が高まった。これを励みに、さらに機能回復に向けた取り組みに力を入れたい」と話す。
脳梗塞によるまひの回復のため週3回通う金子敏雅さん(64)は「ここは職員に活気がある。彼らに励まされ、歩行できるようになった」と喜ぶ。職員の士気向上が利用者の回復意欲を高め、早期改善につながっているようだ。
ほかに、社会福祉法人が運営する「愛光苑」と医療法人が運営する「通所介護 なの花」を訪ねた。上位10事業所に次ぐ高い評価を得た指標達成事業所だ。
愛光苑の筒井恵子施設長は「私たちの仕事を世間に認めてもらう好機。利用者の身体機能の維持・改善に向けた職員の意識もより明確になった」と評価する。「利用者の状態を職員同士で話し合う機会が増えた」と話すのは、なの花の中川麻衣さん。表彰を逃したことについても「次回は頑張ろうと職員のモチベーションが上がった」と笑う。
国も動き出した。政府は7日、介護保険法の改正案を閣議決定。厚労省は18年度から要介護度を改善した市町村に財政支援することを決めた。ただ、財源は今後詰める。福井さんは「介護保険の枠組みの中できちんと位置づけ、お金を自由に使えるようにしてほしい」と注文する。
介護の自立支援に詳しい国際医療福祉大学大学院の竹内孝仁教授は「介護保険の本来の理念は自立を促すこと。要介護者の生活の質が上がれば肺炎や骨折する人が減る。医療面でも国家財政に大きく貢献できる。その一部を改善努力への報酬に回してもいいのではないか」と指摘する。
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川崎市は介護にかかわる全事業所を対象に実施。ケアマネジャーや訪問・施設の介護職員ら要介護者にかかわるチームに報奨を与えるのが特徴だ。2年間のモデル事業を経て、昨年5月に参加者を募集、213チームが名乗りを上げた。昨夏から1年間、改善の取り組みをチェックしており、今夏、要介護度や日常生活の動作に改善が見られたチームのスタッフ全員に各5万円の報奨金を与える。
東京都品川区は特別養護老人ホームや老人保健施設など入所施設に対し、2013年度から「要介護度改善ケア奨励事業」を開始。入所者の要介護度が1段階軽くなった場合、1人につき月2万円の報奨金を1年間支給する。15年度は15施設が参加した。このほか江戸川区や名古屋市などでもインセンティブ事業を実施している。
(高橋敬治)
[日本経済新聞夕刊2017年2月20日付]
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