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樋口広太郎(8)味を変えてもイケる!

スーパードライ成功は「運」

スーパードライ 商品に顧客の声反映 5000人調査、すっきり味に

さて、そろそろ「スーパードライ」のお話をしなければなりませんが、これが爆発的にヒットした理由は、理屈だけではとても説明できません。たまたま成功しただけだと私は思っているんです。簡単に言えば「運」でしょうな。

私がアサヒビールに顧問として入った86年1月には、コクがあってキレがいい生ビール、いわゆる「コク・キレ」ビールの計画が進んでいました。発売は2月下旬で、私が社長に就任したのは翌3月末でした。この「コク・キレ」ビールはかなり売れました。それだけに、もう一度味を変えて「スーパードライ」を発売することには慎重論も多く、社内の意見は分かれました。

味を変えた「コク・キレ」ビールは確かに売れた。そこで、せっかく売れているのだからこのままいこうと思うか、これは味を変えてもいけるんだと積極的に考えるか。大事なのは、そこをどう判断するかの感覚ですね。私は、この程度の変革でこれだけ成果が上がったのなら、もっと変えればさらにいけるのではないかと貪欲に受け止めました。

国立醸造研究所を訪ねた時、技官の1人から面白いことを言われました。「おかしいですね。おたくが売れないのは」と首をかしげるのです。「どうしてですか」と尋ねると、「サントリーを除く3社のビールは、基本的には同じコンセプトで、みんな一緒。どこのビールはどうだこうだと言うけれど、せいぜい新しいか、古いかくらいの違いしかないんですよ」と言う。

データも見せてもらいましたが、なるほどその通りです。それでも売れ行きに差がつくのは、消費者の頭にそれぞれのビールのイメージが出来上がっているためです。これは思い切ったイメージチェンジを図らなければ、キリンやサッポロのずっと後ろについているアサヒがさらに大きく浮上する見込みはないと思いましたね。しかし、イメージを変えることへの抵抗は大変なものでした。アサヒの地盤だった関西方面の支店長の多くは反対しました。

確かにお客さんの間にも「変えるな」という声が強かったのです。「コク・キレ」の時に、波の間から朝日が昇るアサヒビール伝統のマークからローマ字のロゴマークに変えたら、「アメリカ人にでも飲んでもらうつもりか」などと、クレームの電話をたくさんいただきました。

一つひとつ聞いて、こちらから電話しました。「アサヒの社長です」。「ほんまに社長か」となります。私は日に30件ぐらいクレームの電話に出たこともあります。「もうアサヒはやめた」。「どうか、やめんといてください」の繰り返しです。「味はどうですか」と聞いても、怒っているから「味なんかわからん。マークを元に戻せ」としか言ってくれないんです。

しかし、こういう人たちがアサヒの大切なファンなんです。関心があるから怒るんで、本当に嫌ならさっさと止めちゃうはずでしょう。決断は瞬時にやらなければいけませんが、同時にお客さんの納得を得る努力もしなくてはダメです。物事をうまく変えていくには、スピードと忍耐の両方が必要だということです。

「スーパードライ」は起死回生の大ヒットになった

いずれにしても、私は「コク・キレ」の後に、さらに新しいものを出して、アサヒのユニークさを際立たせたいと考えていました。しかし、どのようなビールをつくるべきなのか。めぐり合わせというのでしょうか、たまたま休日にドイツのビール雑誌を後にも先にも1冊だけ読んだのです。ドイツ語は学生時代に第二外国語でやりました。注目したのは、何でもビールに含まれているアルファ酸が世界的に平均7%減っているという記事でした。これは何のことだろうと、技術担当に聞いたら、「アルファ酸は苦味を作るもので、それが下がってきたということだ」と言うのです。そこで、瞬聞的にビールの味が世界的に変わってきていることに気づいたわけです。

私は、メーカーは「大根役者」であるべきだと考えてきました。天性のタレントは独特のキャラクターでファンの心をつかみ、当意即妙の芸で大向こうをうならせます。その人の素質、才能がそのまま売り物になっているわけです。企業について言えば、メーカー主導のやり方です。これに対して役者、特に下手な大根役者は監督の言う通りに一生懸命に演じようとします。このような役作りでやってもらいたいという監督の求めに忠実に従います。企業にとって監督はお客です。「大根役者」にならって、メーカーは顧客のニーズに合わせて商品作りをしなければならないのです。

「スーパードライ」についても、最終的な味は消費者5000人を対象にした市場調査によって決めました。こんなに大規模な調査は業界でも珍しく、これによって辛口ですっきりした味が実際に求められていることがはっきり確認できました。

実際に「スーパードライ」を中心になって具体化してくれたのは、マーケティング部の松井康雄君と技術部の薄葉久君の2人でした。試作品は良い出来で、私はビールの細かい味わい方は知りませんが、飲んでみて「これはいける」と思いました。しかし「コク・キレ」がヒットしていましたから、十分磨きをかけてから出そうと思い、工場間の味のばらつきの修正など、課題を次々と出して多くの人に改善策を考えてもらいました。

だから「私がスーパードライを作った」という社員が少なくとも50人は下らないと思います。私が命令して作らせたと社長ひとりが威張ってみても仕方がない。英雄をたくさん生み出して、社員に参加意識を持ってもらった方が会社にとって断然得です。

こうして87年3月、社長就任から約1年たったところで、すっきりした辛口の全く新しいビール「スーパードライ」を発表できました。これでようやくエンジンがかかり、アサヒビールは力強く前進を始めました。

 この連載は、2001年1月に日本経済新聞に連載した「私の履歴書」および新聞連載に加筆して出版された本「樋口廣太郎 わが経営と人生 ―私の履歴書―」を再掲したものです。2013年、日経Bizアカデミーで公開した記事を再構成しました。

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