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樋口広太郎(7)「ビールが古い」ライバルが助言

対策打ち悪循環絶つ

商売敵の助言 「ビールが古い」即対策 仕入れ調べ購買に競争原理

私は銀行の事業調査部でビール業界を担当したことがありましたが、随分昔のことですし、ビールメーカーの経営については、しょせんずぶの素人です。入ってすぐに何が問題かなど、わかるわけがありません。社内で聞いてもあけすけに言う人はまずいませんから、限界があります。

小西秀次・キリンビール会長(当時)

さて、どうしたものか。そうだ、ご同業に聞くのが一番早いと思い立ち、さっそく、ごあいさつを兼ねて同業各社を訪ねました。まずは断トツのキリンビールさんです。お目当ては、会長の小西秀次さんでした。

私は「全くの素人なので、よろしくお願いします」と、格好をつけずにひたすら勉強させていただこうという姿勢でうかがいました。さすがに小西さんは立派な方で、かなり率直に話してくださいました。アサヒがまだトップシェアだったころ、小西さんが社長の秘書として札幌に出張した時のこと。ホテルに着いたら、いい部屋を予約していたのに、「申し訳ありませんが、部屋を換わってください」と言われたそうです。相手を尋ねると、何と「アサヒビール社長の山本為三郎さん」だと言うではないですか。この屈辱は忘れまいと心に誓われたそうです。後にトップシェアとなり、社長になられて感無量だと言われました。

「ところでキリンさんはどうしてこんなにうまくいったのですか」と水を向けると、同席したキリンの役員が、随分思い切ったことを聞くんだなといぶかしげな表情を見せましたが、小西さんは委細構わず、お話しくださいました。「麦は地域により作柄が毎年変わるのに、お宅は同じ所からばかり仕入れている。それではマンネリで発展性がない。そのうえ、販売面では、店先のビールが古くて味が落ちている」と。

味をしめた私は、サッポロビールさんの河合滉二取締役相談役を訪ねました。ここでも「アサヒのビールは古すぎる。古いのを一生懸命売ろうとしても無理だ」「仕入れ原料も高いようだ」と、同じことを言われました。

会社に帰ってから幹部社員に、お二人の話について確認すると、すべて「その通り」だと言うのです。直ちに手を打ちました。昔から、「利は元にあり」という言葉があります。お二人からご指摘いただいたように、仕入れはとても大事です。さっそく、全部チェックさせたら、当時としては考えられない約75億円もの資金が浮きました。浮かせたおカネは借金の返済に充てずに、前向きに使いました。広告費や良い原料の買い付けなどに回したのです。仕入れの方法も抜本的に改めました。取引商社の数を増やし、どこでいい麦が採れるのかなどの有益な情報を持って来て、合理的な価格で仕入れられる会社への発注を増やす方式に切り替えました。

もう一つの、古いビールをどうするかという問題は、思い切って捨てることで解決しました。ビールの賞味期限はだいたい3カ月です。それを過ぎた古いビールは、問屋さんや販売店さんから全部買い戻して捨てました。世界でも前例がないと言われましたね。費用は18億円ほどかかりました。

小西さんや河合さんに教えられた通り、新鮮なビールを絶えず供給するフレッシュ・ローテーションは基本中の基本です。売れないから古くなる、古くなれば味が落ちるので、ますます売れなくなる。この悪循環にアサヒビールは陥っていたのです。一気に損切りして新しいビールに切り替えなければ、お客様本位の商売はいつまで経っても掛け声倒れで終わってしまうところでした。

小西さんと河合さんは本当に親切に助言してくださったわけですが、まさかアサヒが今日のようになるとは思わなかったのでしょう。ただ河合さんが「あんたは変わっとるな」と言われたのを覚えています。

河合さんは話をしながら、人をよく見ていたようです。柔道の猛者だったから、相手がどう出てくるのかを見て技を返すのが得意だったのでしょう。黒ラベルで大変健闘された方でしたが、惜しくも亡くなられました。もっと長生きして、業界を見ていてほしかったですね。

当時、キリンの社長だった本山英世さんも辣腕でした。アサヒの金城湯池だった大阪で、支店長時代に大活躍してシェアを逆転したのですから、ただ者ではありません。キリンが発泡酒を出した時には、今度は逆に、本山さんが私を訪ねてきました。「これだけ大衆が低価格品を歓迎する時代に、どうして発泡酒をやらないのですか」と、わざわざライバル会社に進出を促しに来られたのです。4社がそろった方が、課税問題への対応などで、業界全体のためになると考えられたのでしょう。その積極的な姿勢には感心しましたね。

残るもう1社、サントリーさんは、洋酒から出てきたこともあって特異な存在でした。しかも社長の佐治敬三さんは何しろユニークな方でした。ある会合で出会ったら、「オー、新米の商売敵が来た」と大きな声を上げるんです。みんな振り向きますよ。仕方なく寄って行って「私どもはあなたの敵ではありません。どうぞお手柔らかに」と言ったら、周りの人がみな大爆笑です。佐治さん一流のジョークなのでしょう。

しばらくして外に出たら、佐治さんの後に社長をやった鳥井信一郎さんがいて、「うちの社長は激励したつもりなんです」と話しかけてきました。鳥井さんとは、住友銀行で机こそ並べたことはありませんが、数年間、ともに働いたことを覚えています。当時から気配りの人でしたね。

このようにビール業界で、新たにいろいろな方々と競い合いながらも、実のあるお付き合いができたことは幸せなことでした。

 この連載は、2001年1月に日本経済新聞に連載した「私の履歴書」および新聞連載に加筆して出版された本「樋口廣太郎 わが経営と人生 ―私の履歴書―」を再掲したものです。2013年、日経Bizアカデミーで公開した記事を再構成しました。

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