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競泳ニッポンのお家芸 再興託された渡辺一平

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2017/2/1 11:00
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1月29日に東京辰巳国際水泳場で行われた競泳の東京都選手権で、19歳の大学2年生、渡辺一平(早大)が男子200メートル平泳ぎの世界新記録(2分6秒67)を樹立した。2012年9月に当時高校3年生だった山口観弘(現東洋大)が作った世界記録(2分7秒01)を一気に0秒34も塗り替える快挙。五輪2大会連続平泳ぎ2冠の北島康介氏が昨年に引退し、昨夏のリオデジャネイロ五輪で日本勢の男子平泳ぎのメダルが3大会連続で途切れた。陰りがみえる日本のお家芸の再興は、この新鋭に託されることになった。

「日に日にお母さんが縮んで見えた」

男子200メートル平泳ぎで世界新をマークしガッツポーズする渡辺=共同

男子200メートル平泳ぎで世界新をマークしガッツポーズする渡辺=共同

渡辺は身長193センチ。北島氏(178センチ)を大きく上回り、リオ五輪を最後に引退した五輪金メダル通算23個を誇る水の怪物、マイケル・フェルプス(米国)に肩を並べる長身だ。リオ五輪では競泳日本代表の男子最年少。恵まれた体格を生かした大きな泳ぎで、世界記録保持者になる前から日本のお家芸の次代を担う逸材と目されてきた。

大分県出身の渡辺は1997年3月18日、体重4160グラムで誕生した。中学入学時に156センチだった身長は3年間で30センチも伸び、卒業時は186センチに。その成長期を「日に日にお母さんが縮んで見えた」と振り返る。

成長を支えたのは食欲だろう。小学校高学年のとき、200ミリリットルの牛乳を22本も飲んだことがある。回転すし店に行けば48皿、普段から夕食にごはんを4合は平らげる。「満腹感に浸りたい。もうこれ以上は食べられないという感覚が好き」と笑う。

それでも体重はリオ五輪時で76キロ。食べることで猛練習を可能にするスタミナを付け、猛練習を積むからこそ食べることができる。食べ方からすれば細身の体つきは、日々ハードな泳ぎ込みを重ねている証し。

五輪初出場だったリオの準決勝で五輪新の2分7秒22をマークし、全体1位で決勝に進んだ。メダル獲得を予感させたが、その翌日の決勝は「プレッシャーもあって自分の泳ぎができなかった」と6位に沈んだ。

決勝後、「平泳ぎは日本のお家芸なのに、(メダルを)途切れさせてしまって申し訳なく思う」と涙を流しながら絞り出した。大食いの軽い話題ばかりが先行してきた若きスイマーが見せた、まじめで責任感の強い意外な一面。今後の飛躍を予感させるシーンだった。

現在指導する早大水泳部の奥野景介総監督は「身長の割に線が細いのは、筋力が少ないことを示している。スタート台やターン時の壁を蹴る脚力がとくに弱く、スタートで出遅れてそこから追いついてもターンでまた離されてしまう」と課題を指摘。一方で「25メートルを過ぎて壁の勢いが消えた後の泳速は日本一。ここに限れば、(2016年日本選手権平泳ぎ2冠の)小関(也朱篤)よりも速い」と評する。

スタートとターン克服へトレーニング

渡辺本人は「(手が長いので)1かきで人よりも進めるのが僕の強み」と語る。200メートルの最初の50メートルを14~15ストロークで泳ぐ。これは、ストローク数の少ない効率的な泳ぎで世界トップとなった北島氏並みだ。渡辺は「少ないかき数で体力を温存しながら150メートルまで泳ぐので、(周りが苦しくなって失速する)ラスト50メートルでテンポを上げられる」と説明する。リオ五輪前からスタートとターンを向上させればタイムが飛躍的に伸びることは明らかだった。奥野総監督もリオ直前に「スタートとターンは初心者指導みたいなレベルから始めて、ここにきてだいぶよくはなってきた」と話していた。

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